第一章 港町の設計士

凶霧

 この世界は死に瀕している。

 数年前、突如として『凶霧』と呼ばれる謎の霧が地上に蔓延し、あらゆる生物を飲み込んでいった。まず人間とそれに近い種族たちは多くが病に倒れたものの、なんとか生き延びた。しかし魔物たちは正気を失い凶暴化し、中には突然変異するものまでいた。その後、凶暴化した魔物たちによって、穏やかだった世界は瞬く間に阿鼻叫喚の地獄と化したのだ。なんとか生き残った種族たちは、小さな拠点で身を寄せ魔物を狩りながら、毎日を細々と生きている――


 両腕と両足を失った柊吾は、孤児院のシスター『マーヤ』の伝手つてで鍛冶屋に義手、義足を作ってもらうことで、かろうじて最低限の生活ができるようになった。とはいえ、科学の発展していないこの世界の技術だ。義手義足の性能に期待してはいけない。

 それから柊吾は、孤児院で様々なことを学んだ。この世界のこと、他種族のこと、魔法のことなど様々。教会にはあらゆる書物が保管されており、柊吾は一心不乱に読み漁った。

 そんなあるとき、たまたま孤児院の使いで来ていた商業区の鍛冶屋『シモン』との出会いが柊吾の魂を再燃させた。久々で、しかも異世界の『ものづくり』に魅せられた柊吾は、武具の製造・強化方法を一心不乱に学び、ある設計図を完成させる。


「――おいおい、なんだこりゃぁ……あんた天才かよ」


 当時まだ若かったシモンは、設計図を見て笑いながらも鍛冶屋としての情熱を瞳に灯した。


「とんでもなく奇抜だし、この製法通り作ったとしても、上手く機能する保証がどこにもねぇ。だが、それでも作りたいってんなら協力してやんよ」


 シモンはニヤニヤと顔をほころばせながら、必要な素材をメモ紙に走り書きし柊吾へ渡す。その内容を見た柊吾は息を呑んだ。

 鉄鉱石、高ランクのミスリル鉱石、カトブレパスの外殻と頭蓋骨、カオスキメラの牙、イービルアイの瞼、炎の杖、風の杖、氷の杖の、それぞれが多数。


「そ、そんな……」


 開いた口が塞がらず、それ以上は声が出ない。とんでもない量と質の素材が必要だった。しかし、柊吾はそれでも諦めることなく覚悟を決めた。


 長い戦いだった。

 協力者など見つかるはずもなく、一人で街の外に出てひたすら素材を集めた。高ランクの鉱石など、そうそう見つかるものではなく、外を彷徨っている『アビススライム』が食事で体内に取り込んでることに賭け、ひたすら狩った。港町カムラの『広場の掲示板』や『バラム商会』からかき集めた末に辿り着いた可能性だ。スライムの体内からアイテムを入手できる確率が1%未満であろうと、それ以外に方法はない。

 魔物の素材収集についても困難を極めた。カトブレパスやイービルアイなど、街の討伐隊ですら複数のパーティーで挑んでようやく倒せるレベルだ。柊吾に勝てるはずもない。だから、討伐隊が倒し、素材回収後の捨て置かれた死骸を狙った。特に、魔物を倒したものの素材回収する前に討伐隊が全滅したときは幸運だった。そのぶん何度も死にかけたが、百回を越えてからはもう数えていない。

杖は魔導書のようなもので各系統の魔術を内包しており、それを以てすれば人間でも魔法が使える。それらはバラム商会の商人が取り扱っており、魔物のコアや魔術活性素材を凝縮して製造するため、とてつもなく高価だった。


 長いこと戦い続けた。素材を得るため、金を得るため、魔物から逃げ回りながら無様に生き抜いた。ゲームのように巨大な剣を満足に振るうことはできず、高速ステップのような俊敏さはなく、高く飛び上がって敵の急所を狙うことも叶わない。柊吾は死にかけるたびに思った。モンスターイーターのようにもっと軽々と剣を振るい、高速で移動、跳躍できれば……と。しかし今の柊吾にとって、これは紛れもない現実だった。

 ただひたすらに知識を蓄え、異世界の未知の技術で試行錯誤し、戦場で感覚を研ぎ澄ますことで心も生まれ変わっていく――

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