力の変容

 その日、柊吾はニアを連れ、久しぶりに竜の山脈の頂上に登っていた。

 ここにも素材収集のため、多くのハンターや騎士たちが押しかける可能性があるからだ。別になにかたくらんでいるわけではないということと、もし誤って下の山道まで来てしまった者がいたら、攻撃せずに追い払ってくれとアークグリプスに伝えた。


「――よろしく頼む」


「クヲッ」


 玉座の横でお座りしていたアークグリプスは、凛々しい眼差しを柊吾へ向け、頭を下げた。どうやら了承してくれたようだ。

 彼も、以前に見たときと特段変わりない様子で、柊吾は安堵する。ドラゴンソウルが倒して以来、異形の魔神は姿を現していない。本当にあれで消滅したのだろうかと、柊吾は未だに不安なのだ。

 そんなことを考えていると、ニアがアークグリプスの元まで歩き、楽しそうに笑いながら頭を撫でた。


「良い子良い子~」


「クッ、クゥゥゥン……」


 さっきまで凛々しく首を伸ばしていたアークグリプスは、途端に可愛らしい声を上げニアに頭を擦りつける。相変わらずメロメロだ。

 早々に目的を果たした柊吾はしばらくの間、大きめの岩に腰かけ瓶に入れてきた水を飲みながら、じゃれ合う一人と一匹を眺めて和んでいた。

 ニアの気が済むまで待っていると、アークグリプスが突然ひょこんと首を立てた。


「カウ?」


「んん~? グリプスどしたの~?」


 ニアが眠そうな目をこすりながら聞くと、アークグリプスは真剣そうな雰囲気で語り始めた。

 柊吾からすれば、ただ吠えているようにしか聞こえないが、ニアは「ふ~ん?」「ほへぇ~」「そぉなん~?」と、ちゃんと聞いているかも分からないような相づちを打っている。

 話が終わったのを見計らって柊吾が尋ねる。

 

「で、彼はなんだって?」


「うーんとね~、なんか私ぃ成長してるみたい~」


「成長? なんの?」


 柊吾にも心当たりはある。ニアがヒュドラの血を飲んだことに起因しているのかもしれないと予想した。今はいつもの状態で、翼を小さくたたんで服の中に隠しているから分からないが、今や彼女の翼や爪の色は漆黒に染まっている。

 予想通りの答えを期待しながら水を口に運ぶと、ニアは全然違うことを答えた。


「おっぱい?」


「ぶふぉっ!!」


 柊吾は思わず水を噴き出した。とんでもない不意打ちだ。思わずニアの豊満な胸に目が行ってしまう。絹の服を押し上げているぐらいには大きい。

 奇襲成功とばかりにニアがクスクスと笑っていると、アークグリプスが「カウッ!」と吠えた。


「え~? ニアちゃんは女の子なんだから、お淑やかにって~? でもねぇ、私は柊くんのお嫁さんだから、いいんだよ~」


 なにやら言い合っているニアたちへ、柊吾は咳払いした。

 頬が赤くなっているのは気のせいではない。


「でっ? 本当のところは?」


 ニアは「ごめんよ~」と全然反省していないような謝罪をすると、本当のことを話した。


「なんかね~、私の龍としての力が成長してるみたい~?」


「竜としての力……ドラゴンソウルが封印していたっていうニアの応龍としての力か」


「たぶんそぅ~」


 柊吾は腕を組み「うぅ~ん」と首を傾げる。想像していた内容とは少し違ったのだ。応龍としての力と言われると、柊吾にもよく分からない。


「ヒュドラの影響で色んなところが変容してるけど、それとはまた別か?」


「うぅ~ん……無関係ではないって~。応龍の力がヒュドラを吸収したんだってぇ。でもまだ完全じゃないからぁ、なにかのキッカケがあれば変わるかもってさ~」


 ニアは全然自分のことだと思っていないのではないかと、柊吾は不安になる。

 とりあえず曖昧ではあるが、ニアの中に眠っている力があって、なにかのキッカケがあれば開放されるということはわかった。

 

「とりあえず、その件はまた後で検討しよう」


 柊吾はそう言うと、時間を見計らって山頂を去ろうとする。

 ニアはアークグリプスにブンブン手を振って別れを告げた。

 

「またねグリプス~~~」


「カ、カゥゥゥン……」


 寂しそうに鳴くアークグリプスを置いて、柊吾たちはカムラへ戻る。

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