出航
それから一週間ほどして全ての準備が整った。
ヴィンゴールや討伐隊幹部たちが見守る中、柊吾のパーティ、グレン率いる討伐隊、志願したハンターたちの数十人が船へ乗り込んでいく。ユミルクラーケンを討伐すべく、生まれ変わった船の名は『カイシン』と名付けられた。
灰色の船体は、カトブレパスの素材を使って頑強なものに加工し、猛々しく張られた帆は、穢れなき白で暗い海にあっても存在感を放つだろう。デッキには、イービルアイの目玉を利用したレーザー砲や、ジャックオーランタンの爆発する頭を詰め込んだ大砲などが多数設置されている。
カムラの技術の全てを集結した最強の船だ。
柊吾とグレンは、背後で船員たちが乗り込む中、ファランたちに見送られていた。
「――任せたぞ」
「はい」
「娘さんの仇は必ず」
柊吾とグレンは勝利を誓い、背を向ける。
激闘の前だと言うのに、ファランの表情は穏やかだった。彼らなら必ずやり遂げてくれるという信頼と、精魂込めて作り上げたカイシンなら大丈夫だという自信だ。
やがて船が出航すると、見送りに来ていた領民たちから声援が上がる。
「俺たちの分まで任せたぞぉっ!」
「無事で帰って来るんだよ~」
「頑張れぇぇぇっ!」
カムラの命運を背負い、戦士たちは暗黒の大海原へと旅立った。
それからしばらく、カイシンは南東へ向かって進んでいく。
薄紫の霧に覆われた海は、どこを見回しても島の影一つ見えない。黒く濁った群青色の海がどこまでも続き、誤って転落でもすれば無事では済まないだろう。
デッキにはいたるところに大砲が置いてあった。二種類あり、片方はイービルアイの目玉を利用したレーザー砲。もう片方は、ジャックオーランタンの爆発する頭を砲弾として利用した大砲だ。どちらも台座が360℃向きを変えられるようになっており、敵がどこに現れてもいいような設計になっている。
デッキに出た柊吾が緊張感に顔をこわ張らせていると、アンが近づいて来た。
「凄いなぁ船って。どうやって動いてんの?」
「下にスクリューっていうのがあって、それと連結した歯車を風魔法で回してるんだよ。機関室ってところで、討伐隊の人たちが交代でやってるのさ」
「へぇ、凄いこと考えるもんだね。頭の悪い私には逆立ちしたって思いつかないよ」
これから得体の知れない怪物と戦うというのに、アンは船に興味深々で楽しそうだった。
辛気臭い顔で落ち着きなく歩き回る騎士やハンターたちが多い中、彼女のような存在はありがたい。
おかげで柊吾の緊張が少しやわらいだ。
しばらくアンの話に付き合っていると、リンとハナも合流してきた。
四人で少し談笑すると、柊吾は恐る恐るというように声のトーンを下げ問う。
「――みんなはどうしてここに?」
広場の掲示板に貼っていた協力内容は、準備までだった。
船に乗って柊吾たちと共に戦うのは、討伐隊だけのはずだった。そこに、熱意のあるハンターたちが志願し、乗船したという経緯がある。
それぞれユミルクラーケンに復讐を果たそうという理由があることは想像に難くないが、アンたちにもそれがあるのだろうかと柊吾は気になった。
「ただの義憤だよ。カムラをあんなにした奴が許せない。それだけさ」
「私も同じです」
アンとリンの答えに柊吾は少し驚いた。それだけの理由でこんな危険な戦いに加わるのかと。彼女たちはハンターよりも討伐隊の方が性に合っているのかもしれない。
ハナへ目を向けると、彼女は沈痛の面持ちで語った。
「私の道場の門下生にもね、海の魔物に命を奪われた人がいるの」
「そうだったのか……」
「敵討ちが虚しいものなんてことは、ベヒーモスを倒したときに分かってる。だからせめて、同じことが起こらないように戦うの」
納得した。皆、憎しみのために戦うのではなく、未来のために戦うのだ。それそこが戦いに勝つために、真に必要な心構えなのかもしれない。
それからしばらく、気まずい沈黙が続いた。
どうにか話題を変えようと柊吾が口を開いた、次の瞬間――
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