聖域の王

「――お兄様!」

「――柊く~ん!」


 誰かが自分を呼んでいる。そう認識したとき、柊吾の意識は闇の底から覚醒した。

 うっすらと目を開けると、そこはいつもと変わらぬ木造の天井。ただいつもより少し明るい気がした。

 柊吾がゆっくりと上体を起こすと、右からメイが左からニアが泣きべそをかきながら抱きついてきた。

 

「これはいったい……」

 

 柊吾は唖然と呟く。思わず二人の背に手を回して抱き止めたが、病による全身の痛みがだいぶ緩和されている。

 それに、病に苦しんでいたはずのニアが元気そうだ。顔色もすっかり良くなっている。 そして――


 ――ガシャンッ


 聞き慣れた鎧の音が聞こえた。聞きたいと心から願っていた音が――


「――デュラっ!!」


 そこに立っていたのはデュラだった。

 体中は凄まじいダメージを受けてところどころ欠損し、左腕だけでなく頭部のヘルムすらなくなっているが、確かにデュラの漆黒の鎧だった。

 デュラは柊吾へ深く礼をする。頭がないから鎧の中が丸見えだ。

 柊吾の目にジワリと涙が浮かぶ。


「俺は夢を見ているのか?」


「こらこら、カムラの設計士さまがそんな寝惚けたことを言ってたら形無しだぞ」


 口を挟んできたのは討伐大隊長のグレンだった。そのとき、ようやく彼らの存在に意識が向く。デュラと共に後ろで立っていたのは、グレンとシスターマーヤ。そして――


「――危ういところでした。もう少し遅ければ、彼の命は……」


 神妙な表情でそう告げるのは、見たことのない絶世の美女だった。

 ドレスのような純白の衣に精霊のような新緑の外套を羽織り、美しい金髪の上には白銀のティアラ。透き通るような白い肌に顔は人形のように整っており、慈母のような柔和な雰囲気を醸し出している。

 耳が少し尖っているからエルフのようだ。

 柊吾は一瞬見惚れてしまったが、すぐに我に返る。


「あなたは?」


「申し遅れました。私は『キュベレェ』と申します。かつて聖域フリージアを統治していました」


「フリージア?」


 聞いたこともない単語に、柊吾は首を傾げる。

 マーヤがやんわりと補足した。


「今は腐敗の密林と呼ばれている場所です」


「えっ!?」


 柊吾は衝撃に目を見開く。

 同時に、デュラが戻って来れた理由がなんとなく分かった。

 キュベレェが少し申し訳なさそうに眉尻を下げていることも。

 

「まずは落ち着いて、ここまでの経緯を話そうか」


 グレンはどかっと床に座り込み、みんなを座らせると、まずはキュベレェから順を追って説明を始めた。

 

 ――デュラは柊吾たちを逃がした後、一人で蛇竜たちと戦った。が、もはや戦いにすらならなかったであろうことは、柊吾にも容易に想像できた。

 体中の装甲が欠け自慢の兜もなくなり、トドメの一撃を受ける寸前で現れたのがキュベレェだ。

 彼女は蛇竜二体に深手を負わせ、デュラを連れて逃げることに成功。デュラから事情を聞こうとするも、言葉が通じないため彼が向かう先へ着いて行った。そこが転移石だ。しかし転移石は、カムラでの運用を停止されていたせいで動かない。なんとなく事情を察したキュベレェはデュラを抱えて飛び、彼の案内するままにカムラまで辿りついたという話だ。

 

(めちゃくちゃすぎるだろ! どんなご都合主義展開だよ!?)


 とツッコミたい柊吾だったが、次にグレンが話し始めたので、我慢する。


 カムラの上空から降り立ったキュベレェとデュラは、倉庫街の近くで討伐隊に見つかる。ちょうどそこにグレンがいたおかげで、話が大きくならずに済んだ。ただ彼も、キュベレェが聖域フリージアの王であるという話が真実でると判断できず、マーヤの元へ行った。ここでキジダルに言わなかったのは、英断だと柊吾は思った。

 マーヤはキュベレェという名や彼女の持つ加護の力から、本当にフリージアの王であるとグレンへ告げる。その証拠にと、キュベレェは教会の近くで疫病に苦しんでいた人たちを治療して見せたのだ。

 そしてデュラは、柊吾とニアを治すべく彼女をここまで連れてきたということだった。

「そうだったのか……デュラ、戻ってきてくれて本当にありがとう。キュベレェさんも助けてくれてありがとうございます」


 デュラはゆっくり首を縦に振り、キュベレェは「いいえ」と微笑んだ。

 彼女の存在に、柊吾は確かに希望の光を見たのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る