王の願い
「病を治した加護というのはいったいなんですか?」
柊吾がキュベレェへ尋ねると、彼女よりも先にマーヤが答えた。
「神々の加護ですよ。キュベレェさん、聖域のことを知るのはこのカムラではほんの僅かです。私も凶霧発生以降のことは存じ上げていないもので、どうか教えて頂けないでしょうか?」
「……分かりました。聖域フリージアはかつて、天空へ繋がる
「それじゃあ、キュベレェさんが使っている加護というのは」
「はい、天空の神々から授かった力です。その中には病や怪我を治す力も邪悪なる者を打ち滅ぼす力もあります。そしてこの加護を手にしたことで、私は聖域の王として一族から認められました。しかしそれも束の間、凶霧がすべてを奪っていきました。私たちハイエルフは神々との盟約を守るため、決死の覚悟で魔物たちと戦いましたが、突然現れた竜のせいで……天空へ伸びる蔦も凶霧によって隠れ、フリージアはもう聖域ではなくなってしまったのです」
語り終えたキュベレェの表情は、悲痛に満ちていた。彼女は王という大きな責任を背負ってから仲間たちを失ってしまったのだ。その苦しみは並大抵の人では想像もできない。
腐敗の密林の惨状を思い起こし、キュベレェの無念さに同情していた柊吾はふと思い出す。密林で戦った仮面のエルフのことだ。
「もしかして、あの仮面を被ったエルフたちは……」
「ええ、私の同族であるハイエルフです」
「えっ……」
柊吾の横でメイが思わず声を漏らし、信じられないというように口元を押さえる。戦った相手がただの魔物であれば、どれほど気が楽だっただろうか。
予想はしていたことだが、柊吾も少なからずショックを受けた。自分の手で彼らを殺してしまったのだから。
彼らの反応を見て悟ったのか、キュベレェは悲しげに目線を落とす。
「すみません、そうと知らず俺たちは……」
「……仕方のないことです。あの仮面のせいで、彼らは病で死ぬこともできず未だに苦しみ続けています。それを終わらせるのも王である私の役目」
そう言うと、キュベレェは静かに目を閉じ呼吸を整える。
深く息を吸い目を開けたときには、覚悟を決めた表情をしていた。
柊吾たちを見回すと、その場で頭を下げた。
「どうかお願いします。フリージアを取り戻すため、みなさんのお力を貸してください!」
「……なるほど、それが狙いか」
情の感じられない無機質な声で呟いたのはグレンだった。
頭を下げていたキュベレェの肩がビクッと震える。
頷きかけていた柊吾は信じられないといった顔でグレンを見るが、先に問いかけたのは、険しい表情をしたマーヤだった。
「グレンさん? なにがおっしゃりたいのですか?」
「いえね、あんな遠くからわざわざカムラまで来たんです。なんの目的もないわけがないと思ったまでのこと」
「はい、私は助けを求めてここへやってきました。もうフリージア以外も凶霧に絶滅させられたと思っていたので、この機会を逃すわけにはいきません。無理と言われても、何度でも頭を下げます。どんなことをしてでも協力を得るまで引き下がりません!」
キュベレェは頭を下げたまま強く言い放った。先ほどまでの柔らかい雰囲気ではなく、空気が張り詰め王としての気迫が感じられた。
グレンとマーヤがなにも言えないでいると、柊吾が立ち上がる。病み上がりでフラフラとした足取りながらも、キュベレェの前へ歩み寄り、片膝をついて優しく言った。
「頭を上げてください。ハイエルフたちは苦しみながらもまだ生きています。あなたは王なんです。そんな簡単に頭を下げたりしないでください。なにも、協力しないとは言ってませんから。そうですよね? グレン大隊長」
眉間にしわを寄せていたグレンは、柊吾の視線を受けると深くため息を吐き、「やれやれ」と苦笑した。
やはりカムラ側の立場を保つための演技だったようだ。マーヤもホッと胸を撫で下ろすが、メイとニアはハラハラしながら事の成り行きを見守っていた。あまり真面目すぎるとこういう駆け引きに弱くなってしまうからよくない。
キュベレェは頭を上げ、柊吾の目を真正面から見つめると、瞳を潤ませながら頬を朱に染めながら微笑んだ。
「柊吾さん……ありがとうございます」
破壊力はバツグン。
なんとも魅力的な笑みだ。こんな美人に至近距離で微笑まれると、柊吾の心臓に悪い。いつもは年下や同年代の女子ばかりと接しているためか、年上の女性には弱いように感じる。
柊吾が上手く言葉を出せず目線を泳がせていると、背後から突き刺さるような二つの視線を感じたので、慌ててグレンの方を見た。
「それでグレンさん、どうしますか?」
「やはり領主様の元へ行くべきだろうな。あの方の病も治してもらわなければならないし、こんな重要な話を私たちだけで決めるわけにもいかない。問題はキジダル殿か」
その名を聞いた途端、それは本当に厄介だと柊吾が眉をしかめた。
「そうですね……」
「ふふっ、大丈夫ですよ。私が着いていますから」
二人の言わんとしていることを察してか、マーヤが大したことないと言うように笑みを浮かべた。
おかしい。
いつもの柔和な笑みのはずなのに、なんだか迫力がある。
処刑騒動のときもそうだったが、味方としてこの上なく頼りになる人だと柊吾はしみじみ思うのだった。
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