沈みゆく
それから絶望的な日々が続いた。
疫病は容赦なく、カムラの人々からあらゆるものを奪っていった。体力と気力を奪い、正常な判断力と自尊心を奪い、そして明日をも奪っていった。
ヴィンゴールと討伐隊は、死力の限りを尽くしたが、感染源の特定で大多数の兵力を使い切ってしまい、もうなすすべがない。状況を改善できない領主に民たちは絶望し怒り狂い、治安維持という名目で討伐隊と、資源を奪い合う民たちの衝突が相次いで始まる。
討伐隊幹部たちも、広報長官、総務局長と病に侵されていき、挙句の果てにはヴィンゴールも倒れたのだった。今のカムラはシスターマーヤの人徳だけでどうにか崩壊を免れている。
カムラにもう未来がないことは、子供にだって分かった。
「――もう嫌です……」
メイが家で座り込み涙を流していた。目の前には柊吾とニアの布団が並んでおり、二人は静かに寝息を立てている。今までだったら、部屋の隅に銅像のように立っていたデュラがメイの頭を撫でてくれたが、彼はもういない。
自分だけが病にかからないというのは、メイにとってこの上なく苦痛だった。そして、今のカムラの惨状が凶霧によって壊滅したときの故郷ウォルネクロと重なるのだ。彼女の精神が擦り切れるのも時間の問題。
だというのに、アンもリンも感染してしまったという。疫病は広がり続け誰も完治しない。
メイは自分ひとりでもと、フィールドへ出ようとしたが転移石が完全に停止させられていた。これでは、もしデュラが生き延びたとしても帰って来れない。
「お兄様、ニアちゃん、デュラさん……」
メイはまたみんなで楽しく暮らせる日がくるようにと、ただただ願い続けた。
彼女がしばらく柊吾の机に突っ伏して泣いていると、家の扉がノックされた。メイは慌てて目元を拭うと、入口へ駆け寄り扉を開ける。
「メイくん、こんにちは。少しお邪魔していいかな?」
そこに立っていたのは、金の短髪にいかつい顔をした大男グレンだった――
柊吾は長い間悪夢にうなされていた。
たくさんの怨嗟の声が耳に響き脳を揺らす。巨大な悪魔ダンタリオンが現れ、体から垂れ流す凶霧の原液で柊吾を飲み込まんとしていた。
もがく。
絶望の中で目的もなく、ただ死にたくないと必死にもがく。
それをひたすら続けた。
続けて続けて……もう疲れてしまった。
そのまま溺れてしまった方が楽じゃないかと思い、もがく手を止める。このまま凶霧の魔物となってしまえば苦しみから解放されるのではないか、そんなことを思ってしまった。もう楽になろうと、ずぶずぶと沈んでいく。
やがて上半身もほとんど沈んだとき、柊吾の手を掴む者がいた。それは、騎士の身に着けるような籠手で、柊吾を力強く引っ張り上げる――
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