無力な嘆き
「――ぅ…………ん……?」
柊吾が目を覚ますと、そこは布団の上だった。カトブレパスの毛皮で作られた少し上質なもので肌触りが良い。首を左へ向けると少し離れた位置にニアが寝ていた。
顔を正面に戻すと見慣れた木造の天井があった。
未だに頭が朦朧としているが、柊吾は腕に力を入れ上体を起こす。
「――お兄様! お目覚めになったんですね!」
メイの可憐な声が響き脳を揺らした。
彼女は柊吾の右に座って背中に手を当て体を支えてくれる。彼女の冷たい肌が今は心地良い。柊吾は自分が高熱を発しているのだと今更気付く。
メイが心配そうに瞳を揺らしながら柊吾の顔を覗き込んできた。
「お体のお加減はどうですか?」
「え? あ、あぁ……特に…………っ!」
その瞬間、激痛が全身を走った。まるで血管に石が流れているかのような違和感。
そして痛みで我に返った柊吾は全てを思い出す。
「そうだ! デュラは!?」
「申し訳、ありません……」
柊吾が詰め寄るようにメイへ迫るが、彼女は悲しげに眉を伏せ謝るだけだった。ぎゅっとスカートを掴んでいる手が震えていた。
違う。そういうことが聞きたいのではない、と柊吾は言いたくなるが、聞かずとも分かることだった。
彼は悔しさで布団を掴んだ手を強く握りしめる。
自分がもっと強ければ、デュラを失わずに済んだはずだと、自分を責め続ける。
しばらくそうしていると、家の入口から聞き慣れた明るい声が聞こえた。
「おっ、ようやく起きたのか柊吾」
シモンは声を弾ませ家に入ると、メイの横に並んで腰を下ろした。
柊吾は不思議に思う。シモンがこの家に来たことなんてほとんどなかった。しかも疫病を患った者が二人もいる場所に来るとは、いったいどういうつもりなのか。
「シモン? どうしてここに?」
「どうしてとはつれないねぇ」
「シモンさんは、お兄様が戻られてからお見舞いに来てくださっていたんですよ。ハナさんやアンさんたちも来てくださいました。シモンさんは昨日に続いて二回目なんです」
メイは少し嬉しそうに頬を緩める。みんなが柊吾のことを心配していることに嬉しさを感じているのだろうか。
シモンは「そうそう」と、感謝しろよと言わんばかりのしたり顔である。
「そうだったのか……ありがとうシモン。俺はどのくらい寝ていたんだ?」
「三日だよ。その短い間に疫病も広がり続けてる」
「そう、だよな。シモンやハナたちが来たってことは、俺が失敗したことは……」
「すぐに広まったな。みんな少なからずショックを受けたようだ」
シモンがなんのためらいもなくそう告げると、メイがその言い方を咎めるようにシモンを睨んだ。彼はごめんごめんと大して反省していないように苦笑する。
惨めだ。
結局ニアを助けるためと勇んで戦いに出たものの仲間を失い、そしてカムラの民の希望を奪ってしまった。
今すぐにでも叫び出したい気持ちを抑えていると、柊吾は突然激しく咳き込んだ。
「お兄様!?」
メイが慌てて布と薬を取り出し、優しく柊吾の背中をさする。柊吾は渡された布で口元を押さえ再び咳き込む。
シモンは見てられないというように目を逸らすと、立ち上がった。
「邪魔したね。とりあえず生きてて良かった」
「……すまない、せっかく来てくれたのに……でも、うつったら大変だからもう来ない方がいい」
「別に構いやしないさ。今のこの町じゃあ、病気になっていようがどっちも変わらないからね」
シモンは背中越しにそう告げると家を去って行った。
軽い口ぶりではあったが、その背中には哀愁が漂っているように見えた。
(これから、どうすればいいんだろうな……デュラ……)
柊吾は泣きそうになる顔をメイに見せないよう下を向く。
その手に握られていた布には鮮やかな血が付着していたのだった。
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