滝の洞窟に巣食う者
滝つぼの円周上をぐるっとまわり、いくつかの段差を上って雑木林を抜けた先、そこに滝の裏側へ通じる道があった。右手を見ると勢いよく落ちる水はカーテンというよりは壁となり、その内側は林に比べて涼しい。
足場は思いのほか狭く、下手すれば滝つぼに真っ逆さまだ。これを子供のときに渡るというキュベレェの度胸は底が知れない。とはいえ、柊吾には自慢の隼があるので、さほど緊張感もなく先へ進む。
やがて洞窟の入口に差し掛かると、先頭のキュベレェが足を止めた。
柊吾も立ち止まり、すぐに異様な気配を感じとった。
「なにかいるのか?」
その気配は洞窟の中から漂ってきている。この禍々しさは間違いなく魔物。柊吾の背後で「ガシャッ」と小さく音を立て、デュラがランスと盾を構える。ヒュドラ戦でバーニングシューターを失ってしまったので、今はアース鉱石で強化したランスだ。これはこれでかなり強度が高い。
柊吾も背の大剣に手をかけ、キュベレェの動きを待った。
「――慎重に行きましょう」
キュベレェはそう言って手の平に光を集めながら、洞窟へゆっくり入る。柊吾とデュラもそれに続いた。
入ってみると、洞窟は思ったより綺麗だった。ゴツゴツと岩は横に並んで通路を作り、天井からは滴り落ちる水がところどころ水溜まりを作っている。壁の割れ目からは良質な鉱石類が採れそうだ。
注意深く周囲を見回していると、薄暗い洞窟の奥で光を発しているものがあった。
柊吾は先行して立ち尽くしていたキュベレェの横へ並ぶ。
「こ、こいつは――」
藍色の太い胴体によって巻かれたとぐろの上で寝ていたのは、異形の怪物だった。それは柊吾の声に反応して上半身を起こし、全貌が明らかになった。
上半身は金髪の見眼麗しい女エルフだが、雪のように白い肌を晒し胸の前で両手を交差させ穏やかに目を閉じている。背には二枚の大きな白い翼が生え、まるで天使のようだ。
だがそれは、そこだけを見ていればの話。
腹部から下は、人魚のように藍色の鱗に覆われ、その長い胴体はとぐろ巻いている。そしてその先にあるのは『大蛇の頭』。縦長で黄金の瞳を光らせ、赤い舌をチロチロと出しながら柊吾たちを凝視している。
蛇の方からしたら、エルフが下半身と言ったところか。まるで、エルフと天使とリヴァイアサンが合わさったかのようなバケモノだ。
そのおぞましさに身震いしながらも、柊吾は背の大剣を抜いた。
蛇に睨まれた蛙のように緊張感で大きく動けない中、キュベレェが急に前へ出た。身構えもせず隙だらけだ。
「――『フェミリア』なの? どうして……」
その声は震えていた。
そして『フェミリア』という名前。柊吾には聞き覚えがあった。
謎の手記に載っていた、狂った聖者『アンドロマリウス』のページに記されていた名だ。そしてアンドロマリウスの造形もまた、フェミリアと呼ばれた目の前の怪物と一致している。
今思えば、以前その名前を出したときもキュベレェは妙な反応をしていた。
「やはり知っているのか、キュベレェ!?」
「……はい。彼女は私と同じで神々の加護を授かった者です」
柊吾は眉を歪ませ言葉を失う。
それはキュベレェが親友だと言っていた者のはずだ。それがこんな変わり果てた姿になっているなんて、精神的ダメージは相当のものだろう。
しかし敵は敵だ。必死に呼びかけるキュベレェに胸を痛めながらも、柊吾はどう戦うかを考え始めた。
「フェミリア! 目を開けて! 私の声が分からないのっ!?」
いくら呼びかけても、目を閉じたフェミリアは表情をピクリとも動かさない。代わりに水溜まりだらけの地面を這って大蛇の方が近づいて来る。
そしてキュベレェへと、弾丸のように素早く首を伸ばし襲いかかって来た。
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