第九章 王家の墓の死王
みじめな負け犬
処刑場での一件の後、柊吾は無事に釈放された。
もちろん、海の魔物を呼び込んだという噂も、ヴィンゴールの側近となって成り上がろうとしていたという噂も、全ては偽りであったとされ、冤罪が認められた。
デュラやニアをカムラへ連れ込んだ件は、今回の冤罪の詫びということで
好意的なものが多いが、やはり負の感情を持つ者は存在する。
「――ガウンさん、ありません」
紹介所の依頼掲示板に集まっているガラの悪いハンターたちは、クラスBハンターであるガウンのパーティーメンバーだった。三人で目的の依頼票を探している。
横の椅子に深く腰をかけ、気怠そうに首をもたげていたガウンは舌打ちした。
「そんなわけねぇだろ。ちゃんと探せよ」
仲間の三人にそう指示しつつも、ガウンは立ち上がりカウンターの前まで歩み寄る。
「ちょっといいかい?」
「はい、どうされましたか?」
声を掛けられたユナは、ガウンの野獣のような雰囲気に気圧されることなく笑顔で答えた。
「ちょっとクエストを探しててな。汚染された都市で確認されたカオスキメラの討伐なんだが、昨日あったはずなのになくてよぉ」
「承知しました。すぐにお探ししますので、少々お待ちください」
そう言ってユナは机に立てかけてある冊子を取り、パラパラとめくり出す。すると目的の書類はすぐに見つかった。
「えっと……商業区で商売されているコンヌさんからのご依頼でしたら、昨日で完了されています」
それを聞いた途端、ガウンが声を荒げた。
「なにっ!? 一体誰がやったってんだ!?」
「え、えっと……あっ、加治柊吾さんです」
そのとき、ユナの声のトーンが少し上がった。嬉しそうである。しかし、ガウンはその態度が気にくわない。なにより、柊吾の存在を快く思っていないのだ。
ガウンは面白くなさそうに舌打ちする。
「あのもやし野郎か……くそっ、調子に乗りやがって!」
ガウンが額に青筋を浮かべ、苛立たしげに机を叩く。
「っ!」
ユナは頭のハーフツインをビクッと跳ね上がらせ、肩を震わせた。
ガウンの仲間たちは何事かと、彼の後ろへ集まって来る。そして、ユナの手元のクエスト報告書を見ると、状況を察した。
「あの赤毛のハンターですかい」
「ああ、あの野郎だ。この間だって、たまたま運良く助かっただけだってのによ。調子に乗りやがって。だいたいキジダルさんは詰めが甘いんだよ。あんなやつ、強引にでも処刑するべきだったんだ」
ガウンは腹を立てていた。
結局、柊吾はヴィンゴールの側近にはならなかったが、代わりに誰かがなったわけでもない。当分は、一人のままでいいとヴィンゴールが決定したのだ。この大変な時期に、一人でも最前線で働く人間を減らしたくないという配慮だろう。
それによって他のクラスBハンターたちは、絶好の機会が水の泡になり、その怒りの矛先を柊吾へ向けていた。
「魔物を引き連れてるおかげで手柄を立ててることは変わんないんだ。野放しにしてたらカムラのためになんねぇぜ。なあ、あんたもそう思うだろ?」
「い、いえ……」
ユナは怯えながらも、首を縦には振らなかった。たとえ本心でなくとも。柊吾のことを悪く言いたくないのだ。
そんな態度がガウンの神経を逆撫でする。ガウンは険しい表情でユナを睨みつけた。
「なんだ、あんたも奴の味方すんのか?」
「――やめな!」
そのとき、彼らの後方から乱入して来た者がいた。
クラスCハンターのアンだ。その後ろにリンの姿もある。
ガウンは背後を振り返ると、失笑を漏らした。
「なんだ、獣人族のザコじゃねぇか。この間は処刑場でなにもできなかったろ? てめぇはひっこんでろ!」
「なんだと!?」
ガウンに怒鳴られるが、アンも負けじと睨み返す。
すると、リンが後ろから声を挟んだ。
「待ってアン」
「邪魔すんなリン! 柊吾をバカにされて黙ってられるかよ」
「いいから周りを見て」
アンが渋々周囲を見ると、他のハンターたちが注目していた。
彼らの眼差しは険しく、ガウンへ向けられていた。
「ガ、ガウンさん……」
分が悪いと感じたのだろう。ガウンの仲間たちは額に汗を浮かべ、後ずさっている。
しかしガウンは物怖じすることなく、その場の全員に怒鳴り散らした。
「ちっ、んだてめぇら! 文句あんのか!!」
するとリンが気丈に言い返す。
「それはありますよ。柊吾さんはいわばカムラの恩人。彼の功績を知った人は皆、柊吾さんに感謝し、尊敬しています。あなたのような、無駄にプライドが高く、自分のことしか頭にない人を除いてね」
「このアマァ……」
ガウンは憤怒の形相でリンを睨みつける。彼女の前にはアンが立ちふさがり、背の斧に手をかけていた。
一触即発という雰囲気だったが、三姉妹の長女であるユリが気丈に言い放つ。
「争いをするつもりなら、即刻立ち去ってください。この場所では、ハンター同士のいざこざは認められていません。これ以上、私たちの業務を妨害するのでしたら、すぐにバラム会長へ報告しますよ」
「…………ちっ! てめら、行くぞ」
ガウンは最後に大きく舌打ちすると、仲間たちを連れ荒々しい足取りで紹介所から去って行った。
「――アンさん、リンさん、ありがとうございました」
ユリが二人へ頭を下げる。恐怖で泣きそうになっていた三女のユナも深く頭を下げる。
周囲は既に賑やかな雰囲気を取り戻し、自分たちの用事に意識を
アンは歯を見せて快活に笑った。
リンも柔らかく微笑み頷く。
「どうってことないって」
「ええ。柊吾さんを
「まったくだ。ああいうのは、死ぬまで気付かないんだろうな。自分じゃ逆立ちしたって柊吾に敵わないってことに」
アンがため息を吐き、呆れたように言うと受付嬢の三人は頷いた。
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