三人目の仲間

「――先ほどはありがとうございました」


 案内されたバラムの執務室で柊吾は頭を下げる。バラムは朗らかな表情で上質そうな椅子に腰を下ろしていた。


「構わんよ。君のことは買っているんだ。それに、メイくんのことも気になったからな。もし彼女の有用性が証明されれば、我々の希望になる」


 そのとき、柊吾の手をメイがギュッと握った。戦いを恐れているのだろう。優しくか弱い少女なのだ。仕方ない。柊吾は安心させるように小さな手を握り返すと、意を決してバラムに告げた。


「そのことですが、彼女のことは俺のパーティーメンバーに加え、管理下に置かせていただきたく思います」


「ふむ……まぁいいだろう。それで彼女の本領が発揮されるなら構わない」


 バラムは特に悩んだ風でもなく、あっさり頷いた。


「して、罰という名のクエストについて説明しよう」


「はい」


「概要としては先ほど言った通りだ。先日、討伐隊が瘴気の沼地の奥に洞窟を発見した。だが、その周辺にはコカトリスが回遊しているようで、先に進めないのだ。そこで、きゃつを倒し、その先になにがあるのか確かめてほしい。もしその先へ進めるのであれば、凶霧発生以前の地図に示されているように、渓谷を開拓できるかもしれん」


「承知致しました」


 柊吾は承諾する。コカトリスには以前痛い目に合わされたが、再戦の機会が与えられるというのなら願ってもみないチャンスだ。

 バラムは丸い顔に微笑を浮かべた。


「では任せた。依頼書は数日後に届くだろうから、それまでに準備を整えておいてくれ。大いに期待しているぞ」


「はい、ありがとうございます」


 三人は深く頭を下げ、バラムの執務室を去った。

 柊吾は一度家に戻り、一枚の設計図を急ピッチで描き上げる。これは少し前から進めていたもので、しっくりくる形が思いつかず保留にしていた。しかしメイのおかげでようやく納得のいく内容に仕上がったのだ。

 柊吾が設計図を描いている間、二人には必要な素材を指示し、アイテムボックスから素材回収袋へと詰めてもらった。


「……よし、それじゃあ行くか」


 準備を整えると、三人は商業区へ向かった。


 日も暮れ始め、夕方になっていた。

 商業区の大通りを歩いていると、メイが目を輝かせキョロキョロと辺りを見回していた。これだけの人が行き来していることが珍しいのだろう。

 やがて柊吾はある店の前で足を止める。


「すみませーん」


 入口がカーテンで仕切られた小さな店だった。主にポーションやエーテルなどのアイテムを、教会の委託で売っている小さな店だ。店内に誰もいないの確認した柊吾が大声で呼ぶと、カウンターの後ろの部屋から眼鏡をかけた細身で気弱そうな男が出てきた。


「い、いらっしゃいませ……ど、どのようなご用件でしょうか?」


 店員は柊吾たちの姿を見ると、不審げに眉をひそめた。声には恐怖による震えもある。それも仕方ない。両腕両足が仰々しい装甲に覆われた赤毛の青年、全身を漆黒のマントで覆った長身の騎士、豪勢なドレスを身に纏った小柄の美少女が突然現れたのだ。怪しくないとは断言し難い。


「閉店前にすみません。この杖が欲しいんですけど」


 柊吾は適当に見繕った杖を店員に渡す。店員は「あぁ、はいっ」と面食らったように慌てて返事をすると、すぐにカウンターで手続きを始める。提示された金額を見た柊吾が財布を漁っていると、店員がおずおずと尋ねてきた。


「ところであなた方は一体……そちらのご令嬢はどなた様のご息女で?」


 おそらくデュラに尋ねているのだろうが、もちろん返って来るのは静寂のみ。柊吾が金を出しながら答える。


「いえいえ、しがないハンター一味ですよ」


「そ、そうですか……いえ、出過ぎたことをお聞きしてしまい申し訳ありません。料金は間違いなく受け取りました。お買い上げありがとうございます」


 店員は領収書を柊吾へ渡し頭を下げた。柊吾は杖を持って店を出る。特に魔法などは秘めていない打撃用の杖だ。有用性はほとんどないが、新しい装備には必要だった。

 商業区をさらに進みながら柊吾はおかしそうに笑う。


「あの店員の人、メイのことをどこかのお姫様と勘違いしちゃったかもね」


「お、お姫様ですかっ?」


 メイが目を見開き、ぱぁぁぁっと頬に朱を散らし俯く。耳まで真っ赤だ。横から見える頬は緩んでおり、喜んでいるのかもしれない。


「まぁ、そう見えても仕方ないとは思うけどね」


「そ、そんなこと、ないですよぅ……」


 メイは長い袖で隠れた手を口に添え、恥ずかしそうに柊吾を見上げる。どんな表情をしていいか分からないといった反応だ。

 柊吾は保護欲を激しく掻き立てられながらも我慢し、ようやくシモンの鍛冶屋へ辿り着く。

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