少女の安堵

「シモン、いるか?」


 いつもの感じでカーテンを開けると、シモンはアイテム生産の作業をしていた。それを見た柊吾は目を丸くする。


「珍しいな。シモンが自らアイテムを作るだなんて。いつもだったらそんなの外注するのに」


「失敬な。僕だって手が空けば実作業するさ……って、こりゃまた君ぃ、いくら僕でも誘拐には加担できないよ?」


 シモンが目を丸くしてメイを見ていた。メイは柊吾の後ろに隠れる。灰色の法衣に全身を包帯のような布で覆っているシモンの不気味さが怖いのだろう。柊吾も同意見だから仕方ない。


「誘拐なんてする度胸が俺にあると思うか?」


「これっぽっちも思わないね」


「そっちのほうがよほど失礼じゃないか」


 二人はケラケラと楽しそうに笑う。

 柊吾はメイを横に立たせシモンに紹介した。


「彼女はメイ。種族はおそらくアンデット族という不死の存在だ。廃墟の村で討伐隊から助け出した。メイ、彼は俺の友人でこの鍛冶屋の主だ」


「ほぅ、なるほどね。君が噂の亡霊ちゃんてわけか。よろしくね、メイちゃん」


「は、はいっ、よろしくお願いします」


 メイは緊張した面持ちでぺこりと頭を下げる。


「良い子だねぇ……で、用件はなんだい? わざわざ彼女を紹介するために来たわけじゃないんだろ?」


 シモンはデュラがマントの中から手を伸ばして見せた袋に目を光らせる。

 柊吾は「ああ」と頷き設計図を渡した。シモンは興味津々といった様子で目を走らせる。


「……ふぅん、中々面白いことを思いつくね。必要なものは、杖、傷のないイービルアイの目玉、アラクネの糸、サイクロプスの角といったところだけど、あるのかい?」


 デュラは素材袋を作業机に置き、メイも両手で抱えていた杖を置く。


「これで足りるか?」


「やってみるよ。その前に、事情も話してくれるんだろうね?」


「もちろんだ」


 柊吾はこれまでの経緯いきさつをシモンに話した。


「――まったく、君って奴は心が痛まないのかい? こんないたいけな少女を戦わせるなんて」


「そりゃ俺だって嫌さ。でも――」


「――いいんです。怖いですけど、私のために闘ってくれた柊吾お兄様のために、私も戦います」


 メイが強い意志を秘めた瞳をシモンへぶつける。さきほどまでと打って変わって気丈にもまっすぐに立っている。

 しかしシモンが反応したのはそこじゃなかった。


「お、お兄様ぁっ!? シュウゴ! 君はどこまで外道に成り下がるつもりだぁっ!」


 シモンは悔しそうに歯ぎしりし、柊吾を睨みつける。

 柊吾は慌てて弁明し始めた。


「い、いや、それは彼女が勝手に……」


「彼女が好きでそう呼んでいるというのか!?」


「い、いや、そういう意味でいったんじゃ……」


 シモンが涙目で柊吾に詰め寄る様を見てメイは首を傾げた。二人はなにを言い争っているのだろうと。そんなメイの肩をポンポンとデュラが優しく叩いた。彼女がデュラに目を向けると、デュラは首をゆっくり横に振る。


「?」


 相変わらずデュラの考えは分からないようだ。

 しばらくしてシモンは冷静さを取り戻した。


「まあいい。彼女には法衣でいいだろうから、知り合いの魔術師専門店を紹介するよ」


「ほ、本当か!?」


「勘違いするなよ? あくまでメイちゃんのためだ」


「お、おぅ。分かった。それじゃあよろしく頼む」


 嫉妬にまみれたシモンの眼力に怯みながらも、柊吾は頼み込む。

 メイもならって頼み込む。


「よ、よろしくお願いします」


 するとシモンは急に頬を緩ませる。


「もちろんさ! 期待して待っててね」


 客によって態度を変えるなんて、まったくシモンにも困ったものだと、柊吾は思った。


 家に戻ったときにはもう夜だった。

 ランタンがほのかに照らす室内で、デュラはいつも通り隅に膝を落とし眠りにつく。

 柊吾はメイに向き合うと深く頭を下げた。


「本当に申し訳ない!」


「ふぇ?」


 メイはキョトンとしてつぶらな瞳をパチクリさせる。


「俺はメイを利用した。君の意志を度外視し、戦いに巻き込んでしまった。許されないことだとよく分かってる。だから本当にすまない!」


 柊吾は深く詫びた。やむを得なかったとはいえ、争いを望まないか弱い少女を無理やり戦わせるなど、悪の所業だ。それこそ、無垢な少女を騙して犯罪に巻き込む現代の犯罪となんら変わらない。


「大丈夫ですよ」


 柊吾は優しい声に顔を上げる。メイははにかむように微笑んでいた。


「確かに争いは嫌ですけど、全て柊吾お兄様が私を助けるためにしてくれたんだと分かっていますから。むしろ凄く嬉しかったです。今までずっと一人で寂しくて、悲しくて……」


 メイは声を震わせ俯く。

 柊吾は理解した。彼女はずっと我慢していたのだ。その小さい体に様々な不安を抱え込み、いつか救われると信じて彷徨い続けた。


「メイ……もう我慢しなくていいよ。今日からここが君の家だ」


 柊吾は微笑む。メイはとうとう我慢の限界を迎え、柊吾の胸に飛び込んだ。そして声を上げて泣く。柊吾はただ優しく彼女の頭を撫で続けるのだった。


 その夜、柊吾は中々寝付けなかった。

 布団の中には柊吾とメイが背中合わせで寝ている。もちろん、それは柊吾が望んだことではない。最初はメイ一人に使わせようとしたが、彼女が不安がりやむを得ず背中合わせに寝ることで妥協した。

 メイはもうぐっすり寝ており、ときたま「お兄様ぁ……」と甘えた声で寝言を言うから柊吾も気が気でない。


「ふぅ……」


 柊吾は深呼吸し、気持ちを落ち着かせる。冷静になって、なぜ自分がここまでメイに優しくするのか考えた。


(――そうか……)


 柊吾はメイに昔の自分を重ねていたのかもしれない。見ず知らずの世界へ放り込まれ、独りぼっちになってしまった絶望。それは柊吾とて深く苦しんだ。そして、メイのような少女が同じ目に合うことを許すわけにはいかなかったのだ。そう考えるとなんだか気分がスッキリしたようだった。柊吾は不思議なむず痒さを感じながら眠りにつく。

 大変なのはここからだ。クラスBモンスターを討伐しなければならない。逃げ帰ることは許されず、背水の陣。だからこそ、柊吾は敵に勝ち、仲間を守る決意を固める。

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