果てなき戦い

 数か月後――


「――クゥゥゥン」


「おぉ~グリプス~元気だった~?」


 ニアが声を弾ませてアークグリプスに抱きつく。

 サタンから受けた胸の傷は既に癒え、彼女は何事もなかったかのように普段通り生活している。


 久々に訪れた山脈の頂上は、絶景だった。


「へぇ、こりゃ凄いな……」


 柊吾の横でクロロが感嘆の声を上げ、目を細める。


「仕事が忙しいのに、わざわざ済まないな」


「なに言ってるんだよ。こっちこそ、誘ってくれありがとな」


 クロロは嬉しそうに歯を見せて笑う。

 その後ろにいたアインもしきりに感謝の言葉を言っていた。

 クロロはこれまでの功績とその人望を買われ、今は大隊長補佐にまで上り詰めている。大隊長になってグレンのように立派な指導者になるのも、そう遠くはないだろう。

 アインはクロロのいた隊の副隊長に就任し、キルゲルトのような勇気を身に着けたいとしきりに語っていた。

 

「メイちゃん、こっちこっち!」


「わぁ、綺麗なお花ですねぇ」


 山頂に咲く花に興味深々なメイとリン。

 リンはいつもの森の弓兵のような衣装ではなく、全身に赤い線の入った白の神官服を身に纏っていた。

 相棒のアンを失った彼女は、ハンターを引退しかつてのように神官になった。だがそれは挫折したのではなく、マーヤのような指導者を目指しつつ、神官として治癒の力を極めたいという想いからだそうだ。

 大切な人を失っても、想いを忘れず前に進む姿は気高き彼女らしい。

 

「――柊吾くん、ほら見てっ!」


 声の方を向くと、ハナが破願して手を振っていた。

 彼女の隣まで行くと、遠くまで広がる広大な大陸がよく見渡せた。

 以前のような霧はなく、綺麗な海や力強い大地が美しく見える。


「前に来たときとは大違いだね」


「うん、絶景だ」


 ハナは微笑み、柊吾も感嘆に頬を緩ませた。

 彼女は今でも道場で武術を教えている。

 聞いた話では、ダンタリオンに挑んだ者たちの中にいたハナの教え子たちは、ほとんどが生き残ったらしい。

 その話が広がり、門下生も増えてハナは以前にも増して人気者だ。

 今日も連れて来られたのは奇跡に近い。


「お兄様っ!」


「柊く~ん~!」


 いつの間にかメイとニアに両腕をがっちりホールドされていた。

 二人は幸せそうに微笑んでいる。

 メイとニアは、今も変わらず孤児院での手伝いを続けており、シスターマーヤから彼女たちの活躍で助かっていると言われたぐらいだ。

 メイをいつか、再びシンの墓へ連れて行きたい。ニアには竜の血のしがらみにとらわれず、自由に生きて欲しい。

 そう胸に秘めながら、柊吾は二人の頭を優しく撫でる。


 それから柊吾は、山頂に作った龍王の墓に花を添えると、一人後ろに下がって仲間たちの顔をゆっくり見回した。

 

『なぁにしけた顔てんだよ。似合わない』


『シモン殿、主は気持ちの整理をしておられるのだ。水を差すようなことをしないでもらいたい』

 

 柊吾の頭にシモンとデュラの声が響く。

 いつかの二人のやりとりを思い出し、柊吾は思わず頬が緩んだ。


『また喧嘩かい。ほんとに飽きないねぇ』


 呆れたようにアンが言う。

 グレン、キジダル、アン、キルゲルト、シモン、デュラはあの後、ゴーストに魂が留まり続けた。原因は不明だが、不死王の力に起因しているのは間違いないようだ。以前のデュラと似たような状態なのだろう。

 柊吾は周囲の誰にも聞こえないように呟く。


「アン、いいのかい? リンに伝えたいことがあるんだろう?」


『いいさ。私はもう死んだんだ。今さら出てって、せっかく前に進んだリンを惑わせたくない』


「そっか」


 分かっていたことだった。

 六人とも、自分の魂が留まり続けていることは秘密にしてほしいと頼んできた。

 おそらく、今アンが言ったようなことが理由だろう。

 ならば柊吾は、その意志を尊重するのみ。

 それが不死王として彼らを呼び寄せたせめてもの礼儀だ。


「――お兄様? そろそろお時間ですよ?」


「残念だけど~柊くん忙しいからね~」


 メイとニアに左右から手を握られ、柊吾は歩き出す。

 

「この後なにがあるんだっけ?」


「もぅ、忘れてしまったのですか? 領主様たちと今後のカムラについて話し合うんですよ」


「そうそう~お菓子も用意してくれるって~」


 柊吾は思わず笑う。

 そして気を引き締めた。

 この大陸にはまだ問題は山積みだ。


 ――砂漠の黒い霧が明けたことで目を覚ました強者の気配


 ――孤島の洞窟の奥から吹き荒ぶ負の感情の奔流


 ――灼熱のフィールドと化してしまった渓谷


 ――封印が解かれ、神殿の遺跡に再び君臨した魔神


 ――北の砂漠に突如発生し、天高く舞い上がる砂嵐


 ――かつて、遥か北西の地に封印された覇王龍


 ――鵺を倒した後、その死骸を吸収し形態を変えた妖刀――魔触剣『グラシャラボラス』


 ――そして、フリージアから天空へと伸びる蔦


 柊吾の戦いはまだまだ終わりそうになかった。

 それでも、仲間たちがそうしたように、一歩ずつでも前へと進んでいく――


 ――完

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滅亡世界の魔装設計士 ~五体不満足で転生した設計士は、魔装を設計し最強へと成り上がる~ 高美濃四間 @ タカミノ出版 @kensei522

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