結末

「ファランさん、シモンの姿が見えないんですが……」


「なに? おかしいなぁ。さっきまでそこで、最終試験の記録に目を通していたんだが……」


 ファランは眉を寄せて答える。

 他に探しようがなく、柊吾はシモンが見ていたという記録の写しを見せてもらった。


「なにもないよな……」


 所詮は記録。

 各部の目視確認が「良」だとか、試射の飛距離や弾速に関する値が記入されているだけで、これを見たシモンが行動を起すかと聞かれると、首を傾げるばかりだ。

 それに、見たところレーザーカノン発射の障害になるような試験結果も見当たらなかった。

 

「う~ん……」


「そういえば、その記録を見て唸っていたぞ」


 ファランはそう言って、シモンが見入っていたというページを指さす。

 そこには、試射時の各項目ごとの詳細な実測値が書いてあった。

 その中の着弾点に対する誤差の項目を見て、柊吾の目が止まった。

 

「まさか……」


 記録上では些細な誤差で、問題はないように思える。

 しかし、これがフル出力になった場合、どうだろうか?

 想定以上の振動が発生して銃口がブレ、この何倍もの誤差が発生する可能性が十分考えられる。

 そのとき、柊吾の脳裏に以前シモンと話した何気ない会話が蘇る。


 ――反動を抑えるなら、完成した状態からまた実験してさらに強化するしかないかな――


 ――ま、そこら辺は気長にやるさ。いざとなったら、僕が全身で支えればいいんだろ?――


「――っ!」 


 柊吾はハッと顔を上げ、焦燥の表情を浮かべて高台を見上げる。そして最悪の想像が脳裏をよぎり、突然バーニアを噴射して飛び立った。

 発射寸前のレーザーカノンへと。

 

「おいっ! なにしてる柊吾!?」


 背後でファランが焦って声を張り上げるが、無視する。

 それとヴィンゴールの発射の合図は同時だった。


「――撃てぇぇぇぇぇっ!」


「しまっ――」


 バッテリーから大量の電力がオリハルコン性のケーブルを通り、銃身の上下にある加速用レールへ供給される。そこに磁界が生まれ、ジリジリという音を立てて眩く輝き始める。

 そのとき、手前の絶縁された砲身を全身で押さえているシモンの姿が目に入った。


「ま、待って!」


 柊吾の叫びは届かず、光線源をオリハルコンで包んだ砲弾が銃口から発射される。

 もはや人に見える領域ではない。

 銃口から放たれた砲弾は、それを挟む上下のオリハルコンと電気回路を作り、それが電磁力によって加速されていく。

 ほんの一瞬で光線源は途轍もない加速を得て発射された。

 その直後――


 ――ドガアァァァァァァァァァァンッ!


 高台で爆発が起こった。


「ぐぁっ!」


 砲台へ近づこうとした柊吾は爆風に押され、アイスシールドを展開してなにが起こったのか冷静に見回す。

 砲台が爆発したのだ。

 おそらく、素材が加速による摩擦熱に耐え切れなかったのだろう。もしかしたら、整備班が可燃性の素材を落としてしまったのかもしれない。

 砲台は黒煙を上げ、レールの欠片やケーブルの破片が地上へ降り注ぐ。


「な、なんだ!? なにが起こ――」


 鍛冶職人の一人が機材の下敷きになる。

 ヴィンゴールへも破片が飛来するが、カイロスがかばってなんとか無事だ。

 下も気になるが、柊吾はバーニアを噴かし急いで砲台へ近づく。

 黒煙の中から、大きく吹き飛ばされて落下していくシモンを見つけた。


「シモンっ!!」


 バーニアを噴かして急下降。

 シモンが地面に激突する間際で、なんとか抱きかかえることに成功。

 彼を優しく地面へ置いた。

 あまりに酷い怪我だった。

 全身大火傷で、体に巻いていた布も黒こげだ。

 

「シモン! しっかりしてくれ!」


 柊吾は悲痛に顔を歪め、必死にシモンへ呼びかける。

 シモンはゆっくり目を開けると、定まらない焦点を上へ向けた。


「……その、声は柊吾か……ダンタリオンは……倒せた、のか?」


「っ! あ、ああっ! お前が体を張ってくれたおかげだ!」

 

 柊吾は一瞬、なにを言おうか迷ったが、シモンを安心させるために言った。

 頬を涙が伝う。

 シモンはどう見ても、もう助からない。

 こんなところで親友を失いたくなかった。


「そう、か……良かった」


「すぐに手当てするから、意識をしっかり持て!」


 柊吾は自分でもなにを言っているのか分からなかった。

 手当もなにも、周囲はレーザーカノンの残骸によって多数の負傷者を出し、ファランの生死も不明でパニック状態に陥っている。


「いいんだ、柊吾。思い残すことはない……」


「そんな!? まだまだこれからだろ! 平和になったカムラで、もっと良いものを作ろう! まだお前に見せてない設計図がたくさんあるんだ! だからっ、死ぬなぁっ!」

 

 柊吾の声が震える。

 シモンが震える手を上げ、柊吾へ向かって伸ばそうとしていた。

 柊吾はそれをすぐに掴む。


「あぁ、親友……君は僕の憧れだ。君に出会えて、本当に……」


 そこまで言って、シモンはゆっくりと目を閉じ、力尽きた。


「シモォォォォォォォォォォンッ!」


 親友の死を目の当たりにし、柊吾はただ虚しく慟哭した。

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