乱戦

 クロロは槍を床に刺し、柊吾の目に巻かれていた布を外す。

 だがそれを黙って見過ごす討伐隊ではない。


「ええいっ、騎士たちよ! 裏切り者に代わって大罪人を処刑せよ!」


 総隊長ではなくキジダルが叫んだ。

 処刑台へ四人の騎士が殺到する。いずれも立派な甲冑と磨き抜かれた剣を装備し、隙のない足の運びが手練れであることを証明している。


「くっ……」


 クロロは床に刺した槍を抜き後ずさった。


「クロロさん、どうしてこんなことを……」


「あんたを前にしたら、こうする以外できなかったんだよ!」


「……ありがとう」


 柊吾は目の端に涙を溜めたまま微笑み、クロロの横に立つ。助けてくれたクロロのため、カムラを敵に回す覚悟を決めた、そのとき――


「お兄様ぁぁぁ!」


「柊く~んっ!」


 北の方角から滑空してしてくる二人の少女の姿があった。

 ニアが竜の翼を広げ、メイを抱きかかえている。

 それを見た領民たちが再びざわめく。とうとう魔物が現れたと。

 騎士たちも立ち止まり、身構えている隙に二人は柊吾の隣に着地した。


「メイ、ニア!」


 柊吾は感極まり、駆け寄った二人を両腕で抱きしめる。


「会いたかったよ~柊く~ん」


「お兄様、こんなになるまで耐えられて……」


 二人は目の端に涙を浮かべた。 

 柊吾は懐かしさに頬を緩ませ、二人の頭を優しく撫でる。


「二人とも無事で良かった」


「はいっ、マーヤ様が匿ってくださって……お兄様が処刑されると聞いてからは、ハナさんのお家にいました」


「ハナの?」


 そのとき、前方の騎士たちの背後で野太い悲鳴が上がった。


「――柊吾くん、遅くなってごめん」


 倒れた騎士の後ろに立っていたのは、小太刀を手に凛々しく佇むハナだった。

 その横にアンとリンが並ぶ。


「ハナ! アン! リン!」 


 処刑場に動揺のざわめきが広がる。領民たちはわけが分からないのだろう。なぜ大罪人を助けようとする人間がいるのか。特にハナは、訓練所の主でもあり知名度が高いため、より混乱を加速させる。

 しかし討伐隊の参謀は、想定通りというように怯まず指示を出した。


「待機中の全隊を奴らの確保に当てろ!」


 すると処刑場と見物人たちを隔てていた柵の外側から騎士が次々に入って来る。処刑台の後方にいた幹部の護衛たちも一斉に動き出した。騎士の数は二十名ほどで、柊吾たちとハナたちの方へ分かれて向かってくる。

 アンは巨大な棍棒を振り回して騎士たちを薙ぎ倒し、リンがホワイトスパークや風魔法で援護する。

 ハナは柊吾の元へ向かおうとする騎士たちに跳びかかり、華麗に蹴散らしながら叫んだ。


「ニアちゃんは、柊吾くんを空から逃がして!」


「う、うん!」


 ニアは、メイとクロロが下がったことを確認すると、柊吾の背後から両腕を回し大きく羽ばたいた。 

 しかし次の瞬間、柊吾の視界の隅で火の手が上がる。

 すぐに柊吾たちの上空から火の玉が降り注いだ。


「くっ! 逃げろニア!」


 柊吾はニアの腕を振りほどいて叫ぶと、メイを抱きかかえ横へ跳ぶ。

 柊吾の元いた場所には火の玉が落ち、ゴウゴウと燃え盛っていた。クロロとニアも回避に成功して無事だ。

 柊吾が火の発生源へ目を向けると、五人の魔術師が処刑場の奥に並び、杖を掲げて魔力を溜めていた。炎魔法による弾幕で空からの逃走を防ごうというのだ。凶霧の魔物へは対して力を発揮できない魔術師も、対人戦では中々に手強てごわい。

 それを見たハナはすぐさま方向転換し、


「アン、リン、ここはお願い!」


 魔術師たちの元へ殺到する。


 ――キイィィィンッ!


「くっ」


 ハナの行く手を阻んだのは短い金髪の猛将、グレンだった。

 豪快に振り下ろされたツヴァイハンダーを、ハナは二刀の小太刀を交差させ受け止めている。

 グレンは精悍な顔を悲しげに歪めながら言った。


「もうやめろ。いくら君が強かろうと、多勢に無勢だ」


「そんなこと、やってみなければ分からない!」


 ハナは超重量のツヴァイハンダーを右へ受け流し、左へ大きく跳び退く。

 そして左の小太刀を納刀し、頭の仮面に手を伸ばすが――


「させるかっ!」


 左から一人の男が猛然と突進してきた。

 ハナはやむを得ず、左の小太刀を再び抜き、両腕で攻撃を防いだ。

 敵はクラスBハンターの『クノウ』だった。長身痩躯の狡猾な男で、防御力を捨て俊敏性に長けた暗紫色の装束にアサシンクロークを羽織り、双剣を操る。スピードで敵を翻弄し、鋭い刃とたっぷり塗り込まれた猛毒は、あらゆる魔物をいたぶり殺す。


「アイツを助けさせるわけにはいかないねぇ」


 クノウは陰険に笑う。白の長い前髪が片目を隠しており、不気味さを強調していた。

 ハナは驚きに目を見開く。


「なぜハンターが……」


「キジダルの旦那は恐ろしい人さ。念には念を入れて、聴衆に手駒のハンターを紛れ込ませていたんだからな」


 それを聞いたハナは慌てて辺りを見回す。敵の数はさらに増えていた。他にクラスBハンターの『ガウン』と『バロキス』のパーティーも参戦し、柊吾たちやアン、リンもハンターと討伐隊の波状攻撃にさらされていた。

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