公開処刑
柊吾の処刑当日、シモンはなにげなく商業区の大通りを歩いていた。通りには大勢の人が行きかっている。おそらく皆、柊吾の処刑を見に行くつもりなのだろう。
シモンはどうしても広場へ足が向かなかった。柊吾の処刑が決まってからも、なにもできなかったという後ろめたさがあるのだ。これでは親友に合わせる顔がない……いや、もはや親友と呼ぶのもおこがましいのかもしれない。
シモンは大通りのど真ん中で立ち止まり、周囲を行き交う人々の話に聞き耳を立てた。やはり、聞こえてくるのは柊吾への怒りと憎しみばかりだ。これで安心して眠れるだの、大切な人を返せだの、好き勝手なことばかり。
シモンは自分のことを棚に上げ、彼らに腹を立てる。
「恩知らずってのはこういうことを言うのか……」
シモンは突っ立ったまま無表情で呟く。
新設された銭湯に癒された者、街路灯によって夜の恐怖から救われた者、それらが誰のおかげか分かっていない。
しかし自分自身も、彼に助けられたことが山ほどあるというのに、なにもしてやれなかった。
「悪いな柊吾……」
シモンは重苦しく呟き、結局なにをするでもなく自分の鍛冶屋へ戻って行った。
他の誰かが彼を救ってくれるはず――そんな幻想を抱きながら。
「――けほっ、けほっ!」
柊吾は裸足で歩きながら、乾いた
柊吾は今、自分がどこにいるのかまるで分からなかった。目には白い布が巻かれ耳には耳栓、手には鎖が繋がれおり、目の前を歩く騎士に引っ張られて行先も分からず歩いている。あまり不安に思わないのは、クロロから処刑されるということを教えてもらっていたおかげだ。下手に希望を持たないで済む。
しばらく歩くと、処刑場らしき場所に着いた。柊吾は台の上に導かれ、板のようなものに両手を広げた状態で縛りつけられた。十字架の
ようやく耳栓が外された。しかし、小さなざわめきが聞こえるだけで静寂と緊張が伝わって来るだけだ。
「――愛するカムラの人々よ、よくぞ来られた。私は討伐総隊長『ゲンリュウ』だ。これより、秘密裏に魔物をカムラへ連れ込み、海の魔物を引き寄せた大罪人、加治柊吾の公開処刑を決行する!」
処刑台の後方で総隊長が告げると、そこら中でカムラ領民の声が上がった。
「っ!?」
一瞬、柊吾はその怨嗟の波動に圧倒された。まるで、ダンタリオンを前にしたときのようだ。聞こえてくるのは、身に覚えのない恨み言ばかり。
「よくも騙してくれたな!」
「娘を返せぇっ!」
「さっさとくたばれよ!」
しかし、どれだけ恨みつらみを投げかけられようと、柊吾は気にせず「就任して早々こんな仕事、ゲンリュウさんも大変だな」などと呑気に考えていた。
領民の怨嗟の声が止まない中、処刑台に一人の騎士が上がる。
次第に、領民たちの声が収まると、ゲンリュウは短く指示を出した。
「やれ」
なんとなく柊吾には分かった。目の前の処刑人は槍を持っていて、自分はこのまま心臓を刺し貫かれて死ぬのだろうと。それでも恨みや怒りはない。むしろ、ここで死んだらまた次の世界で転生するのだろうかと、気にもなっていた。
静寂が長く永遠のように感じられた。
(みんな無事かな?)
デュラ、メイ、ニア、ハナ、ユリ、ユラ、ユナ、アン、リン、マーヤ、クロロ、シモン。
優しい人たちの顔が次々思い浮かび、柊吾の瞳から一筋の涙が流れる。
(はぁ……やっぱり、死にたくないなぁ……)
皆は自分が死んで悲しむだろうか。それが無性に気になった。
カムラ中の人々が固唾を吞んで見守る中、処刑人はようやく動き出した――
「――私にはできませんっ!!」
静寂をまっすぐな言葉が引き裂く。
柊吾は一瞬、彼がなにを言ったのか理解できなかった。
この場にいる全員がそうだ。
領民たちがざわつき、討伐隊の幹部たちも絶句しているようだ。
柊吾はすぐ、目の前に誰がいるのかを悟った。
「クロロさん、どうして……」
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