強者の気配

「――そ、そんなばかなっ!?」


 砂漠に来て早々、柊吾は叫んだ。

 到底信じられない光景だった。

 以前は、魔物へ自分から接近していることにすら気付けないほど視界が悪かったというのに、今はもう遠くまで見渡すことができる。

 大陸を覆う凶霧によって、相変わらず天空には暗雲が立ち込めているものの、それでも黒い霧はすっかり晴れていた。

 砂丘のいたるところにできているくぼみは、おそらくアリジゴクのものだろう。

 柊吾は前回の反省を活かし、バーニアで低空飛行して慎重に進んだ。


 徒歩だと数時間はかかる距離を移動するが、地上に見えるのは巨大なサボテンや埋もれた廃墟。稀に小さな湖がある程度。アリジゴクはところどころに点在し、カトブレパスやイービルアイも少数ながら回遊して獲物を探している。

 柊吾のよく知る砂漠というのは、太陽光がギンギンに降り注ぎ熱波が体力を奪っていくものだが、ここには光などなくむしろ涼しいぐらいだ。

 エーテルのある限り、魔力を回復しながらひたすら砂漠の中央に向かって進んでいく。魔方位石があるおかげで方角を把握するのは大して難しくない。

 

 やがて、ある一帯から急に、回遊していたカトブレパスやイービルアイの姿が見えなくなる。アリジゴクらしきくぼみもなく、風も心なしか冷たくなり、なんだか不自然だ。


「……これは……」


 柊吾は急停止し滞空する。

 目の前の異様な光景に目を奪われていた。

 そこにあったのは、剣、刀、斧、槍……武器、武器、武器……ひたすら武器。まるで墓標のように、無数の武器が砂漠の海に突き刺さっている。まるで墓場、戦争の跡のようだ。

 そのとき、柊吾の脳裏に低い声が響いた。


 ――何者だ、我の眠りを妨げようというのは―― 

 

 無意識に体が震える。ただの一声で柊吾に恐怖心が植え付けられた。

 それほどの威圧感。そして、どこからともなく漂ってくる絶対的な強者の気配。

 今までに遭遇したことのないものだ。

 ここは人の訪れていい場所ではないのだと、柊吾は直感した。

 その直後――


 ――ヒュンッ!!

 ――チャキンッ!


 前方から高速で一本の槍と剣が飛来した。


「くっ!」


 柊吾は慌てて背の大剣を抜き、飛来した槍を叩き落とす。そしてアイスシールドを展開し、回転しながら飛んできた剣を弾く。


 ――ブオォォォォォォォォォォッ


 さらに前を見ると、遥か前方で砂嵐が発生していた。砂の竜巻が巻き上げているのは、地面に刺さっていたはずの無数の武器。

 柊吾は次の展開が簡単に予想できた。


「くっ!」

 

 すぐさま背後へ方向展開し、全速力で離脱する。気を抜いたらその瞬間に串刺しなる。そんな予感があった。ただがむしゃらに逃げる。

 飛距離をかせいでから背後を見ると、武器はその場で勢いよく舞い上がっているだけで、追撃してくる様子はない。

 柊吾は荒い呼吸を繰り返しながら、スピードを落とさず逃げきるのだった。


 転移石まで戻った柊吾は、軽く息を整えるとカムラへ戻った。

 紹介所で失敗の手続きを終えると、近くに置いてある椅子にどかっと座り込み、息を整える。


(なんなんだあれは……)


 未だに手の震えが止まらなかった。

 砂漠の奥で頭に直接語り掛けてきた謎の声。あれには確固とした理性があった。今までにいなかったタイプだ。これがまだ、ユミルクラーケンやアンフィスバエナのような魔物だったら、気が楽だったかもしれない。

 それほどの恐怖を感じた。


「……柊吾さん、大丈夫ですか?」


 しばらく考え込んでいると、声をかけてきたのはユラだった。

 コップ一杯の水を渡してくれる。


「あ、ああ……ありがとうございます」


「なんだか凄く怖い顔してますよ? それに、柊吾さんがクエストの失敗手続きをするというのも珍しいですし、心配です」


「い、いや。大したことじゃないんです」


 そう言って柊吾が無理やり笑みを作ると、ユラは「無理はしないでくださいね」と言ってカウンターへと戻っていった。

 おかげで柊吾も冷静になる。

 今気にすべきは、やはりアンフィスバエナの消失。

 噂の通り、どこにもいなかった。砂漠の広さを再確認して思うが、あれが移動するとは考えられない。そうなれば、必ず近隣のフィールドで目撃情報があるはずだからだ。となると、考えられるのは誰かが倒したということだけ。

 一番怪しいのは謎の声の主だが、どこか違和感を覚える。


「いったい何者なんだ……」


 柊吾は釈然としない表情で呟くと、水を飲み干してカラカラの喉を潤し、紹介所を出る。

 柊吾はひとまず、今回の件については内密にすることにした。

 アンフィスバエナの存在は今のところシモンしか知らず、それが上層部に知れた場合、シモンが隠し持っている一冊目の手記の存在がバレかねないからだ。

 そもそもあんな場所まで辿りつくのは、柊吾くらいのものだから黙っていても問題はない。

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