器の大きさ

「――随分と楽しそうだな。設計士さまよぉ」


 乱暴に吐き捨てながら二人の背後に現れたのは、四人のハンターだった。

 先頭の大男は、灰色の毛皮で作られた外套を羽織り、厳つい顔に青筋を浮かべている。その背後にいるのは、モヒカン頭の刺青男だったり、角刈りに意地の悪い笑みを浮かべていたりと、とにかくガラが悪い。

 ハナは先頭の大男の名を知っていた。


「クラスBハンターのガウンさんでしたか? 酒場からここまでつけてきて、一体なんの用ですか?」


 ハナは柊吾を背にかばい、努めて冷静に問いかける。

 しかしいつでも戦えるように腰を落とし、手は腰に差した小太刀の柄の上に置いている。

 柊吾は息を呑んだ。今の言い草だと、ハナは彼らが後ろをつけてきていたことを分かっていたらしい。強引にでも柊吾を送ると言い出したのはそのためか。

 ガウンは鼻で笑った。


「別にあんたに用はねぇよ。てか気付いてたんなら、なんで放置したんだ?」


「柊吾くんを送った後で問い質すつもりでした」


「そうかい。俺らも酒を飲もうと思ってたんだがな、そこのもやし野郎が女どもにチヤホヤされててよぉ、無性にムカついただけだ」


 彼の横に並んだハンターたちもそうだそうだと顔をしかめている。

 ハナは冷ややかな声色で問うた。


「それで夜道を襲おうと?」


「襲うだなんて人聞きの悪い。ただ警告しようとしただけさ。あんまり調子に乗るなってな」


 ガウンがそう言って片頬を吊り上げ、背の剣に手をかける。その仲間たちもハンマーやら斧やらを取り出して、意地の悪い歪んだ笑みを浮かべた。

 ハナもそれに応じて小太刀の柄を握る。

 一触即発という空気の中、絶妙なタイミングでガウンが切り札を切る。


「そういえば、そいつが処刑台に立たされるきっかけを作ったのは誰だと思う?」


「なんですか急に…………待ってください。まさか、あの噂を流したのはっ……」


 柊吾が冤罪をかけられ、処刑騒動にまで発展した、「柊吾が海の魔物を呼び込んだ」という根も葉もない噂のことだ。


「そう、俺だ。噂だけじゃなくて、キジダルの旦那にも直接教えてやったがな」


「くっ!」


 ハナが怒りのあまり、一人先に小太刀を抜く。

 自分を陥れた張本人が今更になって目の前に現れ、柊吾は頭を殴られたかのような衝撃を受けた。既に酔いも醒めている。

 

「あなたのせいで、柊吾くんがどれだけ辛い目にあったか」


 奥歯を強く噛み、憤怒の形相でガウンを睨みつける。

 その迫力に仲間のハンターたちは怯むが、ガウンは涼しい表情で構えている。

 今にも戦いが始まりそうな雰囲気だったが、とうとう柊吾が動く。

 彼はハナの肩へ優しく手を置くと、「ありがとう」と小さく呟いて前に出た。驚いたハナが声を上げる。


「え? しゅ、柊吾くん!?」


「……ガウンさん、俺は別に気にしていませんよ」


「あぁ?」


「あなたがたはカムラの仲間だ。仲間だって間違うことはあるでしょう。俺は、それをいつまでも気にしたりしません。だから、過去のことはどうだっていいんですよ」


 そう言って、柊吾はゆっくりと首を横へ振った。


「なん、だと……」


 ガウンは意表を突かれたように声を漏らし、瞠目した。

 仲間のハンターたちも思わず目を見合わせている。

 柊吾の言っていることが理解できないのだろう。


「てめぇ」


 ガウンは忌々しげに柊吾の名を呼び睨みつけるが、なにも言わない。いや、言えない。今なにか言ったところで、負け惜しみにしか聞こえないからだ。

 彼はしばらく、眉をしかめ険しい表情で柊吾を睨みつけていたが、まったく動じないところを見て舌打ちした。


「ちっ、興が削がれた。こんな腑抜け野郎を殴ったところで面白くもねぇや。行くぞお前ら」


 荒くれハンターたちは捨てゼリフを残し、去って行った。

 再び静寂が訪れ、柊吾はふぅとため息を吐いた。

 緊張から解き放たれて冷静になったハナは柊吾へ問う。


「危ういところだったね。もしあの人たちの挑発に乗って争いになってたら、後で大問題になってたかも……」


 柊吾はハナへ振り向くと頷いた。


「それが狙いだったのかもね」


「え? まさか、柊吾くんはそれを分かって?」


「いいや。俺は本心を話しただけさ」


 そう言って苦笑する。

 今思えば、彼らはひたすら挑発していただけで、自分から襲いかかる様子はなかった。そうなれば、後で大問題となってカムラを追放されかねないからだ。

 この町で信頼の厚い柊吾を陥れるには、加害者にするしかないと考えてのことだろう。

 彼らの誤算は、柊吾の人としての器の大きさを測り損ねたことだ。

 ハナは大きくため息を吐いて頬を緩めた。少し目が潤んでいるようにも見えた。


「まったく、君って人は本当に……」


 ハナはそこまで言いかけて首を横へ振り、また歩き始めた。

 すぐに柊吾の家の近くまで辿りつくと、柊吾はハナへ礼を言って帰宅した。

 そして家に帰ると、ニアが鋭い嗅覚を働かせ、メイと共に一体誰となにをしていたのかと糾弾されるのだった。

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