交渉

 それからしばらくして、カムラが落ち着きを取り戻してきた頃。

 柊吾はヴィンゴールに呼ばれた。

 その日の昼間、それも突然、すぐに来るよう騎士の伝令があり、柊吾はデュラを連れ領主の館へ訪れる。

 二階のヴィンゴールの執務室に入ると、部屋の奥にある応接セットで数人が話し合っていた。

 柊吾が近づくと、そこにはソファに並んで座っているヴィンゴールとゲンリュウ、バラム、その背後に立つキジダルと側近クロノス。そして対面に座り交渉に応じているのは、キュベレェだ。

 彼女は柊吾に気付くと、ぱぁっと花が咲いたように表情を輝かせ、立ち上がる。そして丁寧に頭を下げた。


「柊吾さん! またお会いできて嬉しいです」


「キュベレェ、お久しぶり。元気そうで良かったよ」


 彼女がいることに柊吾は驚いたが、微笑んで挨拶を返すと彼女も嬉しそうに頬を緩ませ自分の横へ座るよう促された。

 柊吾は戸惑う。

 そこに座ってしまっては、ヴィンゴールたちの対面にキュベレェと柊吾が並んで座ることになる。それは果たして良いのだろうかと。

 しかし、ヴィンゴールは特に気にすることなく座れと言った。むしろ、キュベレェと柊吾の仲が良好であることに満悦のようでもあった。

 柊吾がキュベレェの横に座ると、デュラはその後ろに移動し護衛のように立った。


(……なんか、近くない?)


 柊吾は目を白黒させた。キュベレェがさりげなく身を寄せてきたのだ。彼女の豊満で柔らかい体とフローラルのような香りに、柊吾は内心ドキドキだが、お偉方を前になにも言えなかった。

 バラムは頬を僅かに引きつらせ、ゲンリュウは小さなため息を吐くが、キジダルは特に気にした様子もなく、ここまでの経緯を説明する。


 事の発端は昨日。

 一階の書庫に保管されていたフェミリアの手記を読んだキジダルが、ある重大な事実に気付いた。

 それは怨嗟の奔流ダンタリオンに関する記述。

 ヒュドラ・ジ・ラントは九つの頭部、ユミルクラーケンは胸の奥に、生命と再生をつかさどるコアがあったように、ダンタリオンにもそれがあるというのだ。

 それが顔面にあたる悪魔の頭蓋骨の裏側だという。

 だがそれだけならなにも焦る必要はない。

 問題はその後だ。

 なんと、ダンタリオンはいつかは動き始めるのだという。憎悪に囚われていない、生者たちを飲み込むため。つまり遠くない未来、カムラへ襲いかかるということ。

 だがそれがいつかは明示されておらず、今まで無事に済んだのは幸いだった。ゆえに、ダンタリオンに対抗するすべを模索する必要があるのだ。


「それでゲンリュウ殿やバラム殿を呼び、相談していたというわけだ」


「そこに丁度、私が訪れたわけです」


 キジダルの後にキュベレェが付け加えた。

 しかし柊吾は首をかしげる。

 彼女は、しばらくフリージアの復興に注力すると言っていたはずだ。

 柊吾の疑問を察したヴィンゴールがキュベレェの用件を説明する。

 

「キュべレェ王は、フリージアの復興のためには、我々がカムラ復興のためにつちかってきた技術が必要だと考えた。それでその技術を学ぶべく、エルフの技師たちを派遣したいと考えているんだ」


「はい。以前ここにいたとき、柊吾さんから新しい技術のことを色々と聞いていました。それを仲間たちに話したら、ぜひとも学びたいという声が上がったのです。そのための交渉をと思ったのですが……」


「うむ。丁度ダンタリオンの対抗策を考えていたのでな。エルフたちへ技術を伝承する代わりに、兵器の開発に協力してくれと提案していたところだ。柊吾、そなたを呼んだのは他でもない。ダンタリオンを倒すための兵器開発に協力してほしいからだ」 


「私からもお願いする。その常識にとらわれない奇抜なアイデアでどうか我々を助けてほしい。頼む」


 ヴィンゴールの後、今度はゲンリュウが柊吾へ懇願し、頭を下げた。

 討伐総隊長に頭を下げられて慌てた柊吾は、立ち上がり全員を見回して告げた。


「もちろん、俺も協力を惜しみません」


 そして、柊吾と鍛冶職人、討伐隊の技師たちで兵器を設計し、フリージアの技師たちの力を借りて開発に着手するという方針で決まったのだった。

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