王は悲憤を抱いて死に絶える。
――この土地にはかつて国があった。
レイスフォール家が王の座に君臨する『ウォルネクロ』だ。
どこよりも小さく、資源も決して豊かとは言えない国であったが、民の幸福度はどこよりも高かった。皆優しく、どんなときでも互いに助け合い、温かい人情溢れる風土が形成されていた。
それもひとえに、レイスフォール家が代々人徳を重んじる一族であったから。
ゆえに、一度としてその地位が脅かされることもなかった。
また、レイスウォール家には代々語り継がれる言い伝えがあった。
レイスフォールの血統を受け継いだ果てに、不死の王が誕生するという言い伝えだ。
もちろん、言い伝えがあるだけでその存在が現れたという記録はない。
そんな家に生まれた長男『シン・レイスウォール』。
彼は誇り高き一族に恥じぬよう、王家の自覚を持ち、慈愛を以って人に接し、国民から厚い信頼を集めた。
シンには妹がいた。
名を『アイリス・レイスフォール』。
彼女は人見知りが激しく気弱な性格で引き籠ってばかりだったが、王と
シンにとっては最愛の妹だ。
彼はアイリスのことを常に気にかけ、兄としての愛情を絶やさず接してきたために、アイリスがお兄ちゃんっ子になるのも無理はない。
シンにとっては幸せな日々だった。
民とは、まるで家族のように親しくなり、国の安寧は誰にも妨げられることはなく、そして可愛い妹がいる。
この平和がずっと続くのだと信じていた。
しかし、いつまでも平和が続くことはありえない。
あるとき、凶霧がウォルネクロを襲ったのだ。
正体不明の禍々しい霧は、優しかった人々を包み狂わせ、病に侵しあるいは凶悪な獣へと変えた。
平和だった国は阿鼻叫喚を極め、瞬く間に地獄と化した。
王の住む城へは多くの民が助けを求め押し寄せたが、手を差し伸べようとしたレイスフォール家へ被害を拡大しただけだった。
病に侵された王と妃は、せめて子供たちだけでも救おうと城から逃がした。
そのとき、シンは母と誓ったのだ。
「兄として、なんとしてもアイリスを守り抜く」
と。
シンは絶望で心をぐちゃぐちゃにしながらも、その誓いだけを支えにしてがむしゃらに走った。アイリスの手を決して離すことなく。
ひたすらル走り続けた。
どこを見回しても無事な人はおらず、凶霧のバケモノが暴れまわっている。
それでもシンはアイリスの手を引き、一心不乱に走り続けた。
やがて、禁制の地であった王家の墓に辿り着いたとき、二人はとうとう追いつめられた。
シンはこの国の王族として、兄として、最愛の妹を守るべく魔物たちへ挑んだ。
結果は惨敗。
死の間際、彼が最期に見た光景はアイリスが凶霧に飲まれる光景だった。
「やめろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
そのとき、シンは生まれて初めて『怒り』という感情を覚えた。
そして激しい悲憤を抱いて死に絶える。
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