凶霧の正体

 ――レイスフォール家の歴史は終わらない。


 レイスフォール家には代々伝わる言い伝えがあった。

 「その血統の果てに、不死の王が誕生する」という言い伝え。

 そしてそれを成すために禁制の地として管理されてきたのが『王家の墓』。

 逝去したレイスフォール王を棺に入れ、いつか復活する者が現れると信じられてきたのだ。


 そして最後のレイスフォールの死によって、ついに不死の王が誕生する。


 ――シンが目を覚ますと、そこは王家の墓だった。不死の王リッチとして蘇ったのだ。

 リッチの持つ力は、あらゆる生物の魂に干渉すること。

 その力を以てすれば、凶霧の魔物を蹴散らすなど赤子の手をひねるより簡単だった。


「………………」


 シンの逆鱗に触れた魔物たちは次々に消滅していく。

 やがてシンは、墓に群がる魔物を一掃すると固く決意した。


「――みんなの墓を作ろう」


 と。

 それが王の最後の務めだと信じて。


 それからシンは、この土地に跋扈ばっこする凶霧の魔物を蹴散らし、目についた民の遺体を残らず埋葬していく。

 それは長く、気の遠くなるほど長い作業だった。


「今までありがとう。どうか安らかに眠ってください」


 どんなに辛くても、埋葬する一人一人への感謝を忘れなかった。

 やがて、目につく限りの全ての遺体を埋葬し終えると、唖然と呟いた。


「――アイリスがいない」


 干渉した魔物たちの魂や成仏させたウォルネクロ人の魂の中に、アイリスのものはなかった。

 凶霧で消滅したにしても魂は残るはず。

 であれば、考えられる可能性は一つだ。


「――アイリスも復活しているのか?」


 彼女とてレイスフォール家の血を継いでいる。可能性は十分にあった――


「――それからだ。アイリスが復活していると信じて、この大陸中の魂に干渉し探し続けた。ようやく見つけたよ、愛しのアイリス」


 リッチは泣きそうに笑いながら積年の想いを語った。

 やるせない気持ちで聞いていた柊吾は、絶句し立ち尽くす以外にできなかった。

 その後ろでメイが両手を地につき嗚咽を漏らしている。

 辛いことを思い出してしまったのだろう。


「……まさかここが?」


「そうだ。ウォルネクロ禁制の地『王家の墓』だよ。とは言っても、レイスフォール家だけでなく、たくさんの人たちが眠ってるけどね」


「それを一人でやったのか……」


 呟いた柊吾の表情には憐憫の情が見えた。

 シンは悲しみにひれ伏しているメイへ優しく声をかける。


「アイリス、もう泣かなくていいんだよ」


「シン、お兄様……わ、私はっ」


「分かってる。長い間、一人でよく頑張ったね。昔の君では考えられないほど成長したみたいだ」


「それは、柊吾お兄様やカムラの皆さんがいてくれたから……」


「そうだね。加治柊吾、改めて礼を言わせてくれ。アイリスを支えてくれてありがとう」


 王に礼を言われ、柊吾はなんだか気恥ずかしかった。

 それに、メイを助けたのは自分が助けたかったら。礼を言われるのは不思議な気分だ。


「俺は当然のことをしたまで」


「ありがとう。後は僕に任せてくれ。今度こそ兄としてアイリスを守るために」


 シンの決意に満ちた声に、メイは顔を上げた。


「シンお兄様? それはどういう?」


「どうもこうもないさ。君はここでずっと暮らすんだ。この大陸は危険すぎる」


「それじゃあ、カムラは?」


「あそこもダメだ。あまりにも危険すぎる」


「そ、そんなっ!」


 柊吾はシンとメイのやりとりを黙って聞いていた。

メイを引き取られるというのは、柊吾にとっても容認し難い。

 しかしシンの言う通りで、カムラは危険だ。

 それに本当の兄であるシンから、せっかく再会できた妹を奪うような真似はしたくはなかった。


「アイリス、君は分かっていない。凶霧がどれだけ危険か」


「し、しかし……」


「待ってくれ、あなたは凶霧のことを知っているのか?」


 そこで柊吾が割って入る。


「もちろんだ。魂に干渉できる僕だからこそ知り、そして対処できるんだ」


「どういうことなんだ?」


「……いいだろう。状況を認識できていない君たちのために、凶霧の正体を話しておくか。そうすれば僕のそばが一番安全だと理解できるだろう」


 シンはゆっくりと柊吾へ目線を向け、真実を語り始める。


「凶霧は『怨霊おんりょう』の集合体だ――」

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