剣聖

「――止まった」


「は、はい? 大隊長、今なんと……」


「見えていなかったのか!? 奴の動きが止まったんだ!」


 絶望的な状況の中、ダンタリオンに起こった変化に気付いたのはグレンだけだった。

 ダンタリオンは騎士や魔物の死骸を飲み込んだ直後、確かに前進を止めたのだ。

 明確な理由は定かでないが、ダンタリオンの垂れ流す原液は生物や死骸を飲み込み、凶霧にしてそして新たな魔物を生み出している。

 そのサイクルをする中で足が止まるようだ。

 検証などしている暇はない。


「皆聞け! ダンタリオンは生物や死骸を気化させるときに足を止める。今はとにかく、魔物を倒すんだ」


 意を決してグレンが叫び、老騎士たちは再び魔物へ向かって行く。

 ようやくチャンスが巡ってきたと悟ったグレンは、背のツヴァイハンダーに手をかけた。


「シュウ、今がそのときだ。カムラへ戻って領主様へ伝えてくれ。ダンタリオンの目的はカムラ。奴はまっすぐ迫っている。そして足止めの方法は、魔物の死骸をリサイクルさせることだと」


「し、承知致しました! 確実に伝えます。すぐに援軍を連れて戻るので、それまでどうか――」


「――ダメだ! 第一陣は全滅したと伝えるんだっ!」


 グレンは一喝し、厳かに告げた。

 両手でツヴァイハンダーを握り上段に構え、前方の魔物を睨みつけている。

 両手剣とも言われるツヴァイハンダーは、通常のロングソードよりも長く太い刀身で、かなりの腕力が無ければ扱えない重量だ。

 今にも駆け出しそうな雰囲気に、シュウは慌てて聞き返した。


「な、なぜですか!?」


「第二陣を急かして、中途半端な状態で出撃させてみろ。それこそ全てを失うぞ」


 グレンの覚悟は既に決まっていた。

 今ここで足止めしなければ、ダンタリオンはカムラへと進み続ける。撤退などしている余裕はどこにもない。

 もし第二陣の出撃が遅れ、ダンタリオンの原液が転移石にまで達してしまえば、あれを食い止める手段がなくなるのだ。


「くっ……どうか、ご武運を」


 シュウはなにかを言おうとしたが、血が出るほど拳を強く握り堪えた。戦場に背を向け、転移石へと駆け出す。

 グレンは満足そうに頬を緩ませると、猛然と駆け出した。


「うおぉぉぉぉぉっ!!」


 急速に下降し、味方へ迫るデビルテングへと狙いを定める。


 ――ズバァァァンッ!


 グレンは一撃で敵の首を落とすと、落ちていた剣を上空のイービルアイへ投擲。

 それは目玉のど真ん中に直撃し、光の収束を中断させる。

 態勢を崩し落下するイービルアイへと駆け、大きく叩き斬る。

 

「キイィィィン」


「はぁっ!」


 グレンの猛攻は止まらず、一人で次々に魔物を駆逐していく。

 その勇姿を見た一人の老騎士が呟いた。


「……やっぱり、剣聖は伊逹じゃないな」


 やがてグレンは足を止め、全員に聞こえるように叫ぶ。


「ここは俺が引き受ける。皆、撤退してくれ!」


 ここで誰かが足止めし、犠牲にならなければならない。それは動かぬ事実だ。

 だがグレンは、それに部下たちを突き合わせるつもりもなかった。 


「――おいおい、なに水臭いこと言ってんだ」


 しかし、誰一人として退く者はいなかった。


「どうせ俺は、故郷を追われてカムラに流れついた身。死に場所を探してたんだ」


「ふん、あの若い設計士がわしらの海を取り戻してくれたんだ。今度はわしらが、若いやつらのために、未来を取り戻してやろうじゃないか!」


 湧き上がる熱気。

 示された誇り高き魂。

 心を振るわされたグレンは、一筋の涙を流す。


「私は本当に幸せ者だな」


 誇り高きカムラの戦士たちと共にグレンは駆け出す。

 かつて剣聖とまで言われた圧倒的な剣術で、無双の力を発揮する。 


「すまんミリア、私は帰れそうにない。だが必ず、お前と我が子の未来は守ってみせる――」

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