遺言はいらない
「――らしくないな……」
クロロは自宅の机の前に座って悩んでいた。
第一陣に参加しなかった隊員たちは、第二陣が招集されたときのために一時的な休息を与えられた。代わりに、整備隊たちは大急ぎで装備品の準備をしているところでもある。
騎士たちも数時間後には、命の危機に立たされるかもしれないというのに呑気なものだ。だがそれも、気持ちの整理をつけるためだとクロロは理解していた。
おそらくダンタリオンの狙いはカムラ。そう思いたくなくても、こういうときは大抵最悪の想定が現実になるものだ。
ネガティブな思考が脳内をグルグルと回るクロロの目の前に置いてあるのは、書きかけの便せんだ。
――短い間だったけど、幸せだったよ。どうかお元気で――
途中はまだ真っ白だと言うのに、最後だけはしっかり書いてある。もちろん、もらったものではない。クロロが自分で書いたものだ。恋人へ向けて。
恋人は同じくらいの年代で、診療所の手伝いをしている活発な性格の女性。結構前から仲は良かったが、柊吾の処刑騒動でのクロロの勇姿を見て惚れたと告白された。
柊吾は気付かぬうちに恋のキューピットになっていたというわけだ。
「
弱々しく呟き、筆をとろうと伸ばした手をすぐに引っ込める。
本当は会いに行きたかった。彼女は今、診療所で働いている時間だから、会うぐらいは簡単にできる。
しかし会えば、死にたくない、出撃したくないという思いが大きくなり、覚悟が揺らいでしまいそうだった。もしそうなれば、グレンやビルゴたちに合わせる顔がない。だから手紙を遺そうとしているのだ。
「はぁ……やっぱり、らしくないな………………やめだ!」
クロロはそう言って立ち上がると、書きかけの便せんをビリビリに破いて丸め、ゴミ箱へ放り投げた。
本当は上手く文字に起こせないだけで、伝えたい言葉はたくさんあった。だから――
「――いつも通り戦って、いつも通り帰ってくればいい」
そして、困難の去ったカムラで再会して、直接伝えればいい。
だから未練を残さないために、絶対に帰ろうと誓うのだった。
クロロが難しい表情で決意を固めていたそのとき、来客が訪れた。
「――クロロさん、招集がかかりました」
「そっか、とうとう来たか。グレンさんやビルゴさんはどうなった?」
「そ、それが――」
第一陣が全滅したと聞いたクロロは、伝令係を押しのけ、駐屯所へと走るのだった。
クロロが駐屯所の二階へ辿り着くと、既に多くの騎士が集まっていた。第一陣全滅の報を知った彼らの反応は様々だった。絶望に震える者、グレンを慕い、怒り心頭で気が立っている者、戦うべきかどうか未だに迷い、落ち着きなく歩き回る者などだ。
クロロはふと若い部下二人を見つける。勇ましくも活気溢れる表情で語るキルゲルトと、彼のテンションについていけず、暗い雰囲気で愛想笑いするアインだ。
二人に声をかけようか迷っていると、ゲンリュウが参謀と共に現れ、全員その場で整列する。
「――ご苦労。まずは現状を説明しよう」
ゲンリュウがそう言うと、参謀が前に出て第一陣からもたらされた情報と、現在の状況について説明を始めた。
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