空中激戦

 風の円盤は、ハナのスピードに比例して速くなっていく。

 一つは地面すれすれで並走。一つは高い高度から狙いをつけて飛来。二つは左右から、でたらめな軌道をとり周囲の岩壁などを切り刻み進む。四つ全てが別々の軌道を辿っていた。その追尾性能は高く、簡単に振り払えるものではない。

 だからハナはあえてスピードを落とし、円盤をギリギリまで引きつける。そして少し大きめの岩へ真正面から突進すると、


「はっ!」


 大きく跳んで岩を片足で蹴り、後ろへ宙返り。迫ってきていた円盤をすれすれで回避し、その後ろへ着地する。獲物を見失い急な方向修正ができない円盤たちは、まるで肉を裂くようにたやすく岩を切断し、あらぬ方向へ飛び去って行く。


「ふぅ……」


 ようやく一息ついたハナは額の汗をぬぐい、柊吾の方へ目を向けた。

 彼はアークグリプスと壮絶な空中戦を演じていた。中距離では、柊吾の電撃とアークグリプスの羽根射出で弾幕を張り、接近してはブリッツバスターと風を纏った爪が激突し、また距離をとる。それをひたすら繰り返していた。しかし柊吾のバーニア噴射量を見るに魔力消費が尋常ではないはずだ。


「待ってて柊吾くん、今行くよ」


 ハナはどうにか加勢せねばと、足を向けるが、背後からまるで金属を削るかのような甲高い風切音が迫ってきた。


「んなっ!?」


 ハナが振り向くと、振り切ったはずの風の円盤が四つ全て戻って来ていた。再びハナへと軌道を修正してすぐそこまで迫ってきている。


「今はそれどころじゃないのに」


 ハナは忌々しげに奥歯を強く噛み、駆け出した。


「――くっ!」


 一方、柊吾は雷を充電しながらアークグリプスの背中を追っていた。敵は大きく翼を広げ、悠々と低空飛行をしている。その背中へ狙いをつけ、ブリッツバスターを振り上げる。


「スラストブリッツ!」


 翠玉に輝く稲妻の斬撃だ。その狙いは正確で敵の背へ直撃の軌道を辿るが、急上昇され軽々とかわされる。

 轟音を響かせながら羽ばたき、そのまま宙返りの要領で反転したアークグリプスは、回転しながら無数の鋭い羽根を射出してくる。

 柊吾は敵への突進速度を緩めアイスシールドで防御。頭上からの刃の雨を受け止める。

 敵はそのまま落下し、柊吾目掛けて風を纏った爪を振り下ろた。


 ――ガギイィンッ!


 直撃を受けたアイスシールドは簡単にひび割れ、あまりの破壊力で柊吾自身も叩き落される。


 ――バシュゥゥゥゥゥッ!


 バーニアを最大まで噴射し、地面への激突をすんでのところでとどまった。

 アークグリプスはその場で再び羽根を射出し、柊吾は地面すれすれを並走しながらジグザグに回避していく。そして攻撃が止んだタイミングで方向転換。飛び上がり敵へとまっすぐに突進する。

 アークグリプスは羽根の束を連続で放ってくるが、柊吾は肘のバーニアを巧みに操り回転してかわしていく。


「うおぉぉぉ!」


 アークグリプスへ肉薄した柊吾は、大剣で斬り上げた。


 ――キィィィィィンッ!


 敵は翼で防御。

 柊吾は歯を食いしばりながら、それでもと押し返す。

 力の均衡は一瞬。

 敵はもう片翼で羽ばたいて背後へ飛び退くと、口に溜めていた風を柊吾へ放った。


 ――キュオォォォォォォォォォォッ!


 放たれたのは、激しい竜巻。アークグリプスの口からレーザーのように極太のサイクロンが柊吾へ迫る。

 アイスシールドで受け切れる威力ではないと判断した柊吾は、バーニアの瞬発噴射で横へ回避。

 その圧倒的な威力のブレスは、後方の岩壁を軽々と砕き次々と落石を起している。山を削り景観を一変させるほどの破壊力だ。柊吾の背筋が凍る。

 しかしまだ終わりではない。アークグリプスは顔を横へと動かし、射線を柊吾へとゆっくり移動させてくる。


「ちぃっ!」


 横から迫る猛威に、柊吾は逃げるしかない。

 どうにか高度を変えたりして飛び回るが、敵の狙いは逸れない。もう少しでブレスが吐き終わるかに思われたが、空中戦で魔力を激しく消耗した柊吾の魔力がとうとう枯渇する。


「しまっ!?」


 真横には既に、空を破壊する竜巻のブレス。柊吾は残る魔力でアイスシールドを展開し、横から薙ぎ払われた竜巻をガードする。しかしいともたすく吹き飛ばされた。


「うわぁぁぁぁぁ!」


 勢いよく飛ばされ、空中で何回転もしながら地面へ真っ逆さま。


 ――ドガンッ!


「かはっ!」


 体を激しく地面に打ち付け、大きく跳ね上がり吐血する。

 放射を終えたアークグリプスはうずくまる柊吾の頭上に滞空すると、トドメとばかりに周囲で竜巻を巻き起こした。


 一方、ハナは柊吾たちの戦いが激化しているのを耳で聞き取りながら、風の円盤から逃げ回っていた。体の切り傷は刻一刻と増えていく。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 ハナの体力も限界に近付いていた。しかし円盤の追撃は弱まることなくハナをじわじわと追いつめていく。今は背後に二つ、右斜め前方から一つ、真正面から一つというように、あらゆる方向からの突進を許してしまっていた。


「はっ!」


 前方からの突進をスライディングでかわし、背後から追いついてきた円盤に対しては側転でなんとかかわす。

 円盤たちはすぐに旋回し、大回りになりながらハナへと帰って来る。


「……」


 ハナはついに立ち止まった。

 周囲四方向からほぼ同じ距離で円盤が迫る。各々がスピードを調整して逃げ場を塞ごうというのだ。

 しかしハナは、冷静に背の雷充刀アギトを握る。


「この太刀の切れ味、存分に味わいなさい――」


 前方の円盤がアギトの間合いに入った直後、ハナは抜刀し振り下ろす。その一太刀で風が雷に切り裂かれた。

 しかしハナの攻撃は二連撃。

 太刀を斜めに振り下ろしたその体勢から、一つ、また一つと、残る全ての円盤が間合いに入るのを見極め――


「――はぁぁぁっ!」


 その場で回転し薙ぎ払った。残る三つの円盤は収束していた風をふわりと霧散させ、消え失せる。

 ハナの振るったアギトの刀身には、エメラルドグリーンの稲妻を纏った刃が形成されていた。

 ハナはすぐに頭を切り替え、アギトを納刀する。


「――うわぁぁぁぁぁ!」


「柊吾くん!?」


 そのとき、柊吾が竜巻のブレスで吹き飛ばされ、地面に落下した。

 ハナが慌てて駆け寄ろうとするが、アークグリプスが突風を巻き起こし、柊吾をドームのような半球体で囲むかのように、竜巻で覆い隠してしまう。

 これでは近づけない。

 ハナは柊吾の身を案じ、必死に叫ぶことしかできなかった。

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