彷徨う少女

 目的の素材の回収が終わった柊吾とデュラは、転石へ向かって歩いていく。魔物を討伐して進んだ通りを引き返しているので、新たな魔物には遭遇していない。


「……」


 しばらく歩いていると、急にデュラのガシャンガシャンという足音が止まった。柊吾が不審に思って背後を振り向くと、デュラは静止してある一点を見つめていた。その視線の先には、元々は市場だったらしいボロボロのテントの影にうずくまる小さな人影。


「あれは……」


 気になった柊吾は、警戒しながらも近づいていく。デュラも後ろからついてきた。

 数メートルという距離まで近づくと、その人影も柊吾たちに気付き顔を上げた。

 向けられた深紅の瞳に柊吾は思わず足を止める。

 それは少女だった。綺麗な銀髪のおかっぱが似合う、色白で華奢な少女。年齢は中学生から高校生ぐらいに見える。紺の外套を羽織り下は紺とグレーのオーバースカートで、貴族の令嬢のような身なりだ。しかし深紅の双眸は不安げに揺れている。


「君は一体……」


 見惚れていた柊吾はすぐに我に返り、少女に声をかける。

 しかし少女はビクッと肩を震わせ、顔を恐怖に歪めた。


「ひっ……」


 そして立ち上がり、慌てて走り去っていく。


「ま、待ってくれ!」


 柊吾の静止も聞かず、少女は村の中心部へと走っていく。柊吾は焦る。このままでは彼女が魔物と遭遇してしまう可能性が高い。


「すまん、デュラ。ここで待っていてくれ!」


 柊吾は手に持っていたゴム袋をデュラに手渡し、少女の後を追う。デュラは頷きその場で立ち尽くすのだった。

 柊吾はバーニアを使わない。かえって彼女を怯えさせる可能性があるからだ。それに、隼の脚力とて並の人間の比ではなく、簡単に追いつけるように思われた。

 しかし――


「――は、速い!」


 一向に追いつけない。少女は可憐な容姿に似合わず足が速かった。

 柊吾が焦り始める頃には、空き家が並ぶ住宅街に差し掛かっていた。少女は息一つ切らさず、その速度を維持している。


「ま、待って! その先にはっ!」


 柊吾が叫ぶが既に遅い。少女の向かう先にはカトブレパスやサイクロプスがのろのろと歩いていた。やむを得ないと腹をくくった柊吾は、グッと奥歯を噛みしめバーニアの噴射口に魔力を充填する。しかしすぐに魔力を霧散させ立ち止まった。

 信じられないことが起きたのだ。

 少女が魔物たちの横を何事もなく走り抜けている。そして、魔物たちは少女の存在に気付いていないのか、見向きもしない。あり得ない光景だった。あれが普通の人間であれば、すぐさま魔物の捕食対象として襲われるはず。

 わけが分からず柊吾が立ち尽くしていると、前方の魔物が柊吾の存在に気付いた。サイクロプスがよだれを垂らして近づいて来るのを見るに、特殊な生態の個体ではないようだ。


「……まさか、彼女が噂の亡霊」


 掲示板で読んだ内容を思い出す。明記されていた特徴で間違いない。厄介なものに遭遇したと内心後悔する柊吾だが、今は追跡を断念し敵から逃げることに意識を切り替える。


「ちぃっ……」


 いつの間にか背後にもイービルアイとカトブレパスが現れ、退路が塞がれた。

 それでも柊吾は冷静に、腰のアイテムポーチから小さな球体を取り出すと、突起を押し頭上に投げ放った。


 ――パアァァァァァンッ!


 辺り一帯を激しい白光が包み、魔物たちの視界を潰す。その隙に柊吾はバーニアを起動し、逃走することに成功した。

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