メイの頑張り

 一方、孤児院も謎の触手の猛威にさらされていた。

 孤児院の施設は破壊されているものの、職員の教徒や孤児たちは全員無事だ。シスターマーヤが彼らを先導し、北へ逃がしている。また、教団で運営している温室の畑や第一教会も触手に押しつぶされた。

 この一帯へ襲い掛かって来た触手の数は六体。駆けつけた討伐隊やハンターたちが応戦しているが、一体は野放しになり今なお教徒たちの背後に迫っている。


「――お姉ちゃん……」


 必死に走りながら、孤児の少女がメイの手を強く握る。


「大丈夫だよ。あんなの、すぐに大人がやっつけてくれるから」


 メイは少女を安心させようと、優しく微笑んだ。黒髪おかっぱの少女は、不安げに瞳を揺らしながらも、「うん」と小さく呟いた。

 そのとき、


「きゃっ!」


 孤児たちの最後尾で細身で小柄な少女が倒れた。近くを走っていた中年の男が駆け寄る。少女は非常に呼吸が乱れており体力切れのようだ。元々病弱な体質であるがゆえ、仕方ない。

 だが、敵は無情にもすぐそこまで迫っていた。

 メイは手を繋いでいた少女を他の職員に任せると、逆走し倒れた少女の前に立った。その後ろで中年の男が驚きの声を上げる。


「なにをしているんだ君! 早く逃げなさい!」


「いいえ。ここは私が囮になるので、早くその子を連れて逃げてください」


「ま、待って!」


 男の静止も聞かず駆け出し、メイはのっそりと這い寄る触手の前へ立った。

 触手は進行を止め頭をメイへ向ける。


「あなたの相手はこっちです!」


 聞こえているかは分からないが、メイは触手へ啖呵を切り横へ走る。触手はメイを追いかけて方向転換。メイの背後から勢いよく鉄球を振り下ろす。


「くっ!」


 メイは大きく横へ跳び、なんとか回避。大きな破裂音と共に地面が砕ける。


「メイさん!」


 はるか遠くからシスターマーヤの叫び声が聞こえた。メイは立ち上がりながら声のした方を見ると、教徒と孤児たちは既に十分離れていた。先ほど倒れた少女も男がおぶり、無事に合流していた。


「ふぅ……」


 メイは場違いにも頬を緩ませる。

 しかし、触手は容赦なく鉄球を横へ薙いできた。


「っ!」


 メイは大きく跳び退き、間一髪避けるが、鉄球から伸びている鋭い針が左肩を掠め、服と肌を切り裂く。

 メイが地面をゴロゴロと転がり立ち上がると、往復してきた触手が右から迫っていた。

 今度はかわせない。

 直撃を覚悟したメイだったが――


「――メイ~!」


 メイの体は突然浮いた。背後から両腕で抱かれ、急速に飛び上がったのだ。

 メイの下では、鈍く重い風切音を響かせながら鉄球が薙ぎ払われる。もし直撃していたら、体の損傷は避けられなかっただろう。


「メイ、大丈夫~?」


 間延びした声にメイが首を向けると、ニアが心配そうに顔を覗き込んでいた。彼女は背中に竜の翼を生やし、メイを捕まえて上空へと逃げたのだ。

 ニアはメイの背から両腕を腹に回し、抱きしめる形になっている。「これがお兄様だったら良かったのに」と、罰当たりなことを考えてしまったメイは首を横へ振った。


「え? 大丈夫じゃないん~?」


「あっ! いえいえ、助けてくれてありがとうございます、ニアちゃん」


 メイは頬を緩ませ頭を下げる。ニアはニコッと微笑むと、触手から距離をとって着地した。


「お兄様たちはご無事ですか?」


「ごめん。分からないぃ……」


 ニアは表情を曇らせ首を横へ振る。

 メイは「そうですか」と言って触手へ目を向けた。


「とにかく今は、なんとしても生き残りましょう」


「うん、任せて~」


 ニアはそう言って鋭い爪を光らせた。竜の爪だ。これなら触手だって切り裂けるはず。

 二人は左右に散開し、あらためて触手との戦闘を開始した

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