カムラの強者

 その数十分後、カムラの北東では触手が住宅街まで侵攻していた。


「――ちぃっ! こいつら一体なんなんだよ!」


「そんなの誰にも分からない! でも、今は戦うしかないの!」


 討伐隊に混じり、アンとリンが触手と交戦していた。近隣の住民は避難しているため、深刻な被害はないが、住宅街南方の家は次々に破壊されていく。たとえこの襲撃を乗り切れたとしても、カムラの復興という大きな課題が生まれることは想像に難くない。

 それでも戦士たちは、これ以上の被害を出さないよう敵へ必死に立ち向かう。


「おらぁっ!」


 アンは巨大な斧を触手へ振り下ろす。獣人の腕力と武器の重量が十分な破壊力を発揮する。一撃で胴体の半分以上を切断された触手は、苦しげにうねり後退。アンの活躍によって、住宅街のこれ以上の被害は防げていた。他の討伐隊やハンターも、触手に止めを刺すことはできないものの、囮となって逃げながら攻撃することで長期戦に持ち込んだ。

 アンはがむしゃらに突撃するため、触手の反撃で鉄球の針などによる傷が絶えないが、リンの白魔法で回復し戦線を維持していた。

 しかし、いつまでも現状維持は続かない。


「――うわぁっ!」


 アンが戦っている触手とは別の個体に不意を突かれ、鉄球に吹き飛ばされる。ギリギリで身をよじったが、背中を鉄球の針で裂かれ血飛沫を上げて転がった。


「アン!」


 リンはアンへ駆け寄り、白魔法を唱えて瀕死のアンを回復させる。幸い、他のハンターが触手の相手を引き受けてくれたため、アンの回復は順調に進んだ。

 傷口が次第に閉じ、アンは苦痛に顔を歪めながらものっそりと立ち上がった。


「すまんリン、しくじっちまった」


「大丈夫よ。ただ、今の回復で魔力を使い果たしてしまったの……」


「そうかい……」


 申し訳なさそうに眉尻を下げるリン。アンは冷静に呟いたが悔しさが声に滲んでいた。前方を見ると、触手の猛威は収まるどころか勢いを増している。このままでは討伐隊が押し切られるのも時間の問題だ。


「今は逃げ回って時間を稼ぐくらいしかできないか」


「そうね。最前線で戦っている人たちが、なんとかしてくれることに賭けるしか……」


「ああ、きっと柊吾がまたやってくれるさ」


「ええ、信じましょう」


 そうこうしているうちに、二人の元へ触手が這い寄って来た。鉄球の頭を高くかかげ、無情に振り下ろしてくる。


「ちっ!」


 アンとリンは、左右に分かれて跳び回避する。

 しかし、二人は跳んだ後で気付いた。自分たちの背後に人がいたことに。


「んなっ!?」


「そんな! 人がいたなんて!」


 女性のような華奢な体型ということを認識した直後、鉄球が砂塵を巻き上げた。おそらく女性に直撃しただろう。

 アンとリンがショックで固まる中、ジジジジという音が聞こえてきた。


「なんの音だい?」


 アンが訝しげに呟いたすぐ後に、触手がうねり始め体を跳ね上げた。その先には、あったはずの鉄球がない。綺麗に切断されていたのだ。

 砂埃が薄れ状況が鮮明になる。


「――あいつ、一体何者だよ……」


 アンが驚愕に目を見開き、唖然と呟いた。何故なら、切断された鉄球の横に佇んでいたのは、着物に甲冑を装着し顔には般若面、両手で太刀を握っている黒髪の女だったのだ。その太刀の刀身からは、緑色に輝く稲妻が伸び長い刃と化している。


「あれはっ……クラスBハンターのハナさん?」


 リンはその正体を知っていたようで、信じられないというように呟く。

 ハナはゆったりとした歩みでアンたちの横を通り過ぎ、太刀の切っ先を暴れまわる触手へ向けると、腰を落とし稲妻のように駆け出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る