人の欲
人々は蜘蛛の子を散らすように北の方へ逃げて行く。
だが、その行く手に触手が振り下ろされて退路を塞がれ、周囲の建物は薙ぎ倒され、被害は瞬く間に拡大する。
腰が抜けて動けない者、崩れた建物に潰される者、瞳の色を失くしただ絶望を眺める者。カムラが今、絶望の渦に飲み込まれようとしていた。
立ち尽くす柊吾とて剣も腰のバーニアもなく、敵に立ち向かう術を持っていない。ブーツのバーニアは一ステップで移動するものであり、肘のバーニアは旋回や腕を射出するためにあるため、飛行するには出力が足りない。
柊吾は悔しさに奥歯を強く噛み、海へ背を向け駆け出した。改めて町の方を見ると、触手の一部は地を這い鉄球の頭をもたげて、既に広場あたりまで侵攻していた。一体どれだけの全長を持つのか計り知れない。倉庫街はその重い鉄球で叩き潰され、粉塵を高く巻き上げていた。
じきに住宅街や商業区にまで被害は拡大するだろう。ニアとデュラ、そして孤児院にいるメイが心配だった。
触手の侵攻ルートを避け、住宅街へ向けて走り抜ける柊吾。
そのとき、混乱して逃げ惑う人々を掻き分けて討伐隊とハンターたちが駆けつけた。
「領民の安全を最優先し、敵を駆逐しろ! 討伐した数だけ報奨金も弾むぞ!」
先頭で叫んだのは、隊長のヒューレだった。
討伐隊は、まず逃げ遅れた領民へ駆け寄り、安全なルートを伝え避難させていく。彼らを守るよう、他の隊員たちは海中からそびえ立つ触手の前に立ち、盾を構えた。
――グシャッ!
鉄球を振り降ろされ、あまりの重量に耐えきれず潰されてしまう。
「ちぃ……」
危機的な状況に顔を歪めるヒューレ。その横を目を血走らせたハンターたちが走り抜ける。
「金は俺のもんだ!」
「横取りは許さんぞ!」
彼らは我先にと地面に横たわった触手へ斬りかかる。触手の皮膚はそこまでの強度はないものの、太さが直径二メートルにも及ぶため、簡単には切断しきれない。
彼らが必死に武器を打ち付けていると触手は大きく身を振るい、ハンターたちを押し飛ばす。
苦戦はしているものの時間は稼げる。そう思った柊吾は、装備を整えようと再び踵を返し、走り出した。
だがすぐに足を止める。
その視線の先では、小さな女の子が泣きべそをかきながら立ち尽くしていた。無惨にも崩れた酒場の前に立ち、近くで触手が地面を這いながら獲物を探しているため非常に危険だ。だというのに、周囲にいるハンターたちは彼女の姿を見ても無視し、手近な触手へと駆けていく。
「なにをしてるんだ」
自分の利益を優先し、小さな女の子を見捨てるハンターたちに柊吾は腹を立てた。
柊吾は少女の元へと走る。
そのとき、少女の泣き声に反応したのか、一本の触手が少女の頭上でピタっと止まる。そして、触手の先にある鉄球が少女に直撃するよう振り上げられた。
柊吾は目を見開き顔を歪める。
「くそぉっ!!」
――ドゴォォォォォォォォォォンッ!
少女へ振り下ろされた鉄球で地面は割れ、砂塵を巻き上げる。
視界が晴れると、触手のすぐ近くで柊吾が少女を抱え倒れていた。少女は無傷。なんとか間に合ったのだ。
柊吾は少女を立ち上がらせ、自身は膝を折って目線を合わせた。
「君、大丈夫?」
「う、うん……」
少女は今にも泣きそうな表情で声を震わせていた。
「とにかく逃げ――」
柊吾は言いかけて止める。自分たちを覆っていた影に気付き顔を上げると、触手が再び頭上で振り上げられていたのだ。
「ひっ」
「しまっ――」
反応が遅れた。目を見開く柊吾の頭上から鉄球が振り下ろされる。
――バシュゥゥゥンッ!
突如、鉄球が横から襲撃を受け、柊吾たちの真横へ振り下ろされた。
鉄球の横から突き刺さり、押し出したのは『ランス』だった。
「デュラ!?」
すぐ近くで、デュラがバーニングシューターから射出した穂を手元へ引き戻していた。
デュラはすぐに柊吾の元へ駆け寄ると、担いでいたブリッツバスターを柊吾へ渡す。
柊吾はそれを受けとると立ち上がり、周囲を見回した。
「助かったよデュラ。ニアはどうした?」
柊吾の問いかけに、デュラはやや俯きがちに首を振る。どうやらはぐれてしまったようだ。
「そうか……心配だけど、今はあれをなんとかしないと。デュラ、この子を安全な場所まで送ってくれないか?」
デュラは深く頷き、少女の手をとって足早に北へ向かった。
その後すぐに、柊吾の横で鉄球の頭をもたげた触手がもぞもぞと動き出す。
柊吾はブリッツバスターを強く握り、戦闘を開始した。
「うおぉぉぉぉぉっ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます