呪われた渓谷

 それから、柊吾はユナと少しだけ雑談した後、本題に入る。


「そういえば、新しいフィールドが発見されたという噂を聞きました。討伐隊から協力要請って出てるんですか?」


「呪われた渓谷のことですね。協力依頼は出ていますよ。ただ、クラスBハンターの方々への案内が遅れていて申し訳ありません」


 ユナは申し訳なさそうに眉尻を下げ、柊吾たちへ頭を下げた。責任感の強い女の子だ。自分の努力が足りないと思っているのだろう。

 周囲の視線が集まっていることを察した柊吾は慌てる。


「い、いえ、別にそんなことを咎めようというのではなくて、あるなら内容を確認しようと思っただけです! だから気にしないでください」


「お心遣いありがとうございます」


 礼を言ってユナが顔を上げると、柊吾の隣を見てクスリと笑った。デュラが堂々とした佇まいで親指を立てていたのだ。おそらく、「グッジョブ!」と言いたいのだろう。


「こらデュラ! ふざけちゃ失礼だろ!」


 柊吾が慌ててデュラの親指を握って隠す。


「お気になさらないでください。デュラさんも、お心遣いありがとうございます」


 ユナはデュラにも礼を言うと、デスクの引き出しから紙の束を取り出した。それを柊吾の目の前に置き、説明を始める。


「こちらが討伐隊から受け取った特別クエスト発注書です。フィールド名『呪われた渓谷』。瘴気の沼地の北北西にあり、高い岩壁に囲われた深く薄暗い谷となっています。まるで呪われているかのように黒い冷風が吹きすさび、枯れた大地を痛めつけるかのように赤い雷が降り注いでいるため、その先には進めていません。そこで、赤い雷の原因究明と排除を依頼するというものです」


 これまでに比べ、クエストの難易度は非常に高かった。しかし今であれば不可能な内容ではない。蓄電石が簡単に手に入るからだ。雷に打たれて先に進めないというのなら、蓄電石で加工した防具を身に付ければ容易に進めるはず。討伐隊は税金で動いている以上、たった一回のために蓄電装備を揃えるわけには行かないのだろう。


「ぜひ受注させてください」


 柊吾はチャンスだと思った。これはまさしく早い者勝ちの構図。早めに情報を掴み、最速で装備を整え、真っ先に突撃した者だけが利益を得ることができるのだ。


「かしこまりました。ただ、本日中に各ハンター様宛の案内を用意し送付しますので、受注可能となるのは明日からとなります。それでもよろしいでしょうか?」


「はい。また明日来ますので、よろしくお願いします」


 できれば今すぐにでも行きたかったが、別に明日であっても既に装備の完成している柊吾の優位性は揺らがない。

 柊吾は自分の分の案内状だけその場でもらうと、久々の高揚感を感じながら帰って行った。

 メイに相談すると、彼女も翌日は孤児院が休みだというので、連れて行くことにした。


 ――――――――――


 ――ズバァン!

 ――ズシャンッ!

 ――ズギャァァァンッ!


 呪われた渓谷は想像以上に荒れていた。高い岩壁に囲まれ薄暗く湿っており、大地には枯れ果て黒く変色した木々が力なく倒れている。黒の冷風が吹き荒び、そこら中で赤の雷が地を砕く。

 メイは歩きながら心細そうに呟いた。


「呪いというのは、何者かの意志が介在しているかのような、この不気味な雰囲気のことを言っているのでしょうか?」


「そうかもね。この渓谷自体が生きているみたいだ」


 柊吾、デュラ、メイは周囲の動きに気を配りながら慎重に進んでいく。

 柊吾の隼には、全身に蓄電石が打ち込まれており、雷が吸収可能。デュラに関しては肉体がないため、雷を受けてもナーガの鱗を傷つけるほどの熱量がない限り痛手にはならない。メイの防御力が一番低いが、ローブをベヒーモスの毛皮で強化しているため、かなりの軽減効果を持っている。

 万全の体制だった。柊吾の予想通り、既に装備を整えていたのは柊吾たちぐらいのものだった。紹介所へ向かう際、慌てて商業区へ向かっていくハンターを複数見たが、彼らが到着する前にケリをつけるつもりだ。

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