カムラの惨状

 その後、柊吾はメイ、ニア、デュラと合流し、パーティー全員が無事であることを確認した。討伐大隊長のグレンが戦闘の終了を宣言し、彼らは事態の収拾に取り掛かった。

 誰がどう見ても、町の被害は甚大じんだいだった。

 住宅街の南方、港、広場周辺の居酒屋や雑貨店、第一教会や孤児院も建物は倒壊し大きな損害を出していた。

 死傷者も多数。討伐隊や逃げ遅れた一部の一般人が犠牲になったが、遺体を海中へ引きずり込まれたため、人数と個人の把握が困難を極めた。また、多くの人が紹介所やヴィンゴールの館へ押しかけたが、彼らを匿うほどの資源も設備もなく、追い返されることになってしまう。

 結局、襲撃してきた魔物の正体は一切不明。

 カムラは、またいつ襲われるかも分からない底なしの恐怖に支配されるのだった。


 数日後、柊吾はメイとニアを連れ、被害にあった地区を歩いて回っていた。

 まずは倉庫街。

 厳重に保管されていた物品は建物ごと潰され、どれも本来の価値を失い、産廃品のように埋もれてしまっている。通路には素材なのか、装備品の一部なのかも分からない布や殻などが金品と共に溢れかえり、道を塞いでいた。まるでゴミ山が雪崩なだれでも起こしたかのようだ。

 周辺構造物の倒壊の可能性と、道に転がる鋭利な備品の危険性から、倉庫街一帯を討伐隊が封鎖している。警備係に聞いたところ、ここの処理と復旧はまだまだ先になるらしい。

 もしかすると、生活の補助になるようなものがあるかもしれないが、それを探すための労力が圧倒的に不足している。

 柊吾はやむを得ず倉庫街を迂回し、広場へ向かった。

 途中、瓦礫の山となった討伐隊駐屯所の近くで、大隊長のグレンが指揮をとっているのが見えた。こんな状況でも絶望を感じさせない凛々しい表情で気丈に指示を出している。こんな上司であれば部下たちも安心して着いていけるに違いない。

 柊吾はグレンと目が合ったが、邪魔をしてはいけないと思い、会釈だけして通り過ぎた。


 広場に行くと、無惨な光景が広がっていた。元々水の出ていなかった噴水は、ぺしゃんこに潰れ、周囲の酒場は一件を残して全て倒壊している。店内から溢れ出たブドウ酒は地面に赤いシミを作っており、痛ましいありさまだった。広場の空いているスペースには家を失った領民が多数、一枚の布団にくるまって寝ている。

 柊吾は前世でもこんな光景に見覚えがあった。だがテレビ越しに見るのとはわけが違う。


「――柊くん、あれ~」


 ニアがテンション低めに語尾を伸ばし、ある場所を指さす。

 そこでは、崩れかけている酒場の裏側を討伐隊員たちが慌てた様子で行き来していた。

 気になった柊吾は二人を連れて様子を探りに行く。


「――なにがあったんですか?」


 酒場の裏側では、三人の討伐隊員が大きな瓦礫を持ち上げようと踏ん張っていた。一人の中年男性が瓦礫に埋もれているのだ。


「あ? なんだあんた……まあいい。手伝ってくれ」


 濃い髭を生やしたスキンヘッドの大男に依頼され、柊吾たち三人は男の救出に力を貸す。話を聞くと、彼は家を失いここに来たようだ。他の男と場所の取り合いで喧嘩になって殴り合い、ここに叩きつけられて酒場の外壁が崩れた。討伐隊が駆けつけたときに加害者は逃げ、人数の少ない討伐隊は被害者の救出を優先したというわけだ。

 柊吾たちが力を貸したおかげで、男はすぐに無事救出された。

 彼は生気の感じない表情でペコリと会釈すると、のろのろと広場の方へ歩いて行った。


「おぅあんちゃん助かったぜ」


 柊吾はスキンヘッドの大男にガシガシと肩を叩かれ「いえいえ」と苦笑する。

 討伐隊は今から駐屯所へ戻って食事をとるからと誘われたが、丁重に断り柊吾たちは孤児院のあった場所へ向かった。


 昼時の教会跡では炊き出しが行われていた。

 いくつかある大きな釜の前に、長蛇の列ができている。教徒と思われる簡素な祭服を来た男女が容器にスープや野菜などを入れ、一切れのパンと共に渡していく。

 彼らの後方で慈愛に満ちた笑みを浮かべ見守っていたのは、シスターマーヤだった。彼女は我が子たちを見守るような温かい眼差しで周囲に目を配っている。


「――おや、柊吾さんじゃありませんか」


 彼女に近づいた柊吾にも気が付いたようだ。

 柊吾たちはマーヤの元まで歩み寄り会釈した。


「ご無沙汰してます。先日の襲撃で、お怪我などはなかったでしょうか?」


「ええ。そちらのメイさんとニアさんのおかげでね」


 マーヤに笑みを向けられ、メイは「そんなこと……」と照れたようにはにかみ、ニアは誇るように鼻を鳴らす。


「あなた方のおかげで救われました。本当にありがとうございます。御覧の通り、丁度お食事を用意したところなので、柊吾さんたちもいかがですか?」


 マーヤにそう言われると無条件で頷きたくなるが、柊吾は首を横へ振った。


「お気持ちはありがたいのですが、俺たちがご迷惑をかけるわけにはいきません」


「でしたらお兄様、私がお手伝いしてきます!」


 メイがやる気に満ち溢れた声で提案すると、マーヤが嬉しそうに頷く。


「それはありがたいです。お願いしてもいいですか?」


「はい!」


「私も行く~」


 メイとニアは早速教徒たちの元へ向かって行った。


「本当に良い子たちですね」


「はい、本当に」


 柊吾は目を細め、しみじみと呟いた。

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