女武者

「――助太刀すけだちします」


 通りに並んでいた倉庫の屋根を高速で走っていた人影があった。

 そしてそれは、柊吾の目の前に飛来する。


「なっ!?」


 突然現れ目の前に華麗に着地したのは、見眼麗しく凛々しい雰囲気を纏った女だった。年齢は二十代半ばほどで、長い黒髪を後ろで一つに束ねており、凛々しい切れ長の目と透き通るような白い肌に整った鼻筋は、可愛いと言うより美しい。赤い花柄の着物を中に着こみ、その上から武者の甲冑に似た肩当や腰当、籠手などを装着している。手練れの武者といった風貌だ。そしてなにより目を引いたのは、頭の左上に自然に乗せている禍々しい般若のお面だった。

 彼女はかなりの高さから落ちてきたというのに、何事もなかったかのように立ち上がり、迫りくる強盗たちへ向き直った。

 対する強盗三人は勢いを落とさず、剣を振り上げてまっすぐに突進してくる。


「愚かな」


 女は低い声で呟くと腹の前で両手を交差させ、腰に差していた小太刀二刀に手をかける。そして力を溜めるかのようにゆっくり腰を落とし、


 ――ダンッ!


 地を蹴り姿を消した。


「っ!」


 それからは速すぎた。

 まず一閃。彼女が地を蹴ったとほぼ同時に放たれた一撃を認識した次の瞬間、次の一太刀が走っていた。

 また一閃、さらに一閃と……瞬く間に白の閃光が宙を走り回る。

 気付くと強盗三人組は白目を剝き、地面に倒れ伏していた。恐らくなにが起こったのか理解も出来なかっただろう。血は流れているが致命傷ではなく、手や足などを正確に切り刻まれている。

 柊吾は息一つ乱していない女の後ろ姿を見て、恐ろしくも美しいと感じた。それは、微かな高揚感でもあった。


「怪我はないですか?」


 柊吾が唖然と佇んでいると、女は先ほどまでの抜き身の刀のような雰囲気を霧散させ、柊吾へ振り向いていた。その表情には慈愛があり、愛嬌があった。

 彼女の印象がガラリと変わったことに、柊吾は戸惑う。


「は、はい……助けて頂きありがとうございました」


 とりあえず礼を言い、頭を下げる。


「いえいえ。あなたこそ、丸腰なのに臆さず敵に挑むなんて勇気があるんですね」


「大したことじゃ……」


 柊吾は頬を緩ませ、照れたように後頭部をかく。

 実は内蔵している機能があるから手放しで褒められると、なんとなく後ろめたいが、美人に褒められて悪い気はしない。

 そうこうしているうちに、メイと討伐隊が到着した。


「お兄様!」


 メイが血相を変えて柊吾の元へ駆け寄って来る。

 その後ろに騎士三人が続き、現状を把握しようと周囲を見回していた。


「そこに倒れている三人組がパトロールしていた隊員二名を殺害し、倉庫の物品を奪い逃げ出したんです」


 混乱する騎士たちに説明を始めたのは女だった。


「そうだったのか……ん? あんたはまさか、クラスBハンターの『ハナ』か?」


 一番年上と思わしき騎士が驚いたというように声のトーンを変えて問うと、女は頷いた。

 それを聞いた柊吾は驚きに声が出なかった。まさかこんなところで凄腕のクラスBハンターに出会えるなど夢にも思わなかったのだ。


「そうだったのか。協力に感謝する。謝礼は追って――」


「――いえ、強盗犯たちを追いつめたはそこの彼です。私は横取りしたに過ぎないので、謝礼は彼にお願いします」


 ハナは柊吾へ目を向け、迷うことなく謝礼を断ると踵を返した。

 柊吾は歩き去ろうとする彼女に、慌てて声をかけようとするが、


「君、申し訳ないがこの事件の処理を手伝ってくれないか?」


 そう頼まれ、柊吾はやむを得ずハナの背中を見送ったのだった。

 

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