竜種絶滅秘話

 二人はすぐに山頂へ辿り着く。

 山頂から見る景色は壮観だった。周囲に視界を阻むものはなく、蒼く広い空がどこまでも続いていた。崖から下を見下ろすと、様々な色や形状の凶霧が渦巻いており、景色としては面白いとさえ思えてしまう。

 柊吾とハナはあまりの優美さに圧倒されながらも、着地したアークグリプスに続き奥へと歩いていく。

 やがてアークグリプスが立ち止まり横へ移動すると、現れたのは不思議な色をした小さな炎だった。高さ一メートルほどの岩の台の上で少し浮き上がり、漆黒の炎と蒼い炎が入り混じった火の玉がメラメラと燃えている。その対角線上には、二メートルほどに隆起した岩が四つ、尖った先端を上へ向け立っている。まるで玉座を守っている壁のようだ。

 アークグリプスがその横でお座りのような姿勢をとった。


「えっと……」


 柊吾が困惑していると、炎が揺らめき声を発す。


「お客人よ、先ほどは我が友が失礼した。彼もここを守るのが使命ゆえ、どうか許してやってほしい」


 声量は抑えているが、先ほど山道の下まで響いてきた声に間違いない。

柊吾とハナが目を見開く。


「ひ、火がしゃべった?」


 ハナの驚愕の声に炎が答える。


「驚かせてすまない。自己紹介をしていなかったな。我が名は龍王『応龍』、今は訳あって体を失っているから『ドラゴンソウル』とでも呼んでくれ」


「えっ!? 龍王!?」


 柊吾の声が上ずる。ドラゴンソウルの迫力に畏怖を抱いてはいたが、姿は違えど憧れの龍王に出会えたことに心の底から歓喜した。

 ドラゴンソウルは声の調子を変えることなく厳かに言った。


「ああ、かつてこの大陸で龍の王を務めていた。ところでそなたらは何者だ?」


「あっ、失礼しました。俺は加治柊吾と言います。こっちはハナです。俺たちはハンターという職業で――」


 柊吾は恐縮したように顔を強張らせ、自己紹介と港町カムラ、地上の現状について説明を始めた。ハナは柊吾の横で警戒を続けながら黙って聞いている。


「――そうか、人間や弱き種族の生き残りがまだ……」


 地上の状況を聞いたドラゴンソウルは興味深そうに呟いていた。


「はい。俺たちは未だに絶滅の危機から脱していません」


「ふむ、そうよな。凶霧とは恐ろしいものだ」


 ドラゴンソウルはしみじみと言った。まるで凶霧のことをよく分かっているかのように。そこで柊吾は気になっていたを尋ねる。


「そういえば、この山脈はなぜ凶霧に侵されなかったのでしょうか?」


「……いや、一度は侵された。ふむ……そなたらは凶霧の秘密を暴こうとしているのだったな?」


「はい」


 柊吾は真剣な表情で答える。ドラゴンソウルはしばらく沈黙した後、なにかに感じ入ったかのように穏やかな声を発した。


「そなたの眼差しには強い意志が宿っているな。そなたの熱意に免じて話すとしよう。我が竜種に訪れた悲劇について」


 柊吾とハナが息を呑む。


「お願いします」


「――かつての我々は、空を支配していた最強の種族であった。だが同時に、強者としての誇りを忘れず、他種族との争いを避けるようにしていた優しき種族でもあった。それで平和を保っていたのだ。だがある時、おぞましい『なにか』がせきをきったかのように空から降り注いできた。それも大陸の中心に。それから突然凶霧が蔓延し、あらゆる生き物を飲み込んでいった」


 初耳だった。凶霧があらゆる生き物を飲み込んでいったという話は有名だが、その前に空からなにかが降って来たという話は聞いたことがない。ハナも目を見開いて固まり心底驚いているようだ。

 おそらく山から俯瞰していた竜種だからこそ、知りえたことなのだろう。


「我々も例外ではなく、凶霧はこの山まで登って来た。凶霧に飲まれれば、誇り高き同族たちですらも、ある者は凶暴化して仲間を襲い、またある者は病に侵されて息絶え、飲まれて消滅してしまったものまでいる。それでも我々は最後まで戦い抜いた。その結果、山の凶霧はあらかた払えたものの竜種はほぼ絶滅。我も体を凶霧に侵食され滅びるしかなかったが、古来より龍王にのみ伝わる不滅の儀式によって、魂だけは留まることができたのだ」


「そんなことが……」


 竜種は壮絶な歴史を辿っていた。

 柊吾はドラゴンソウルの無念を感じ取り胸を痛めた。王として戦い、仲間たちの死を見てきた彼に、かけられる言葉が見つからなかった。


「そなたは優しいな。同情しているのだろう?」


 ドラゴンソウルは穏やかな声色で言った。


「い、いえ、俺はそんな……」


「隠さんでいい。赤の他人の事情など普通はどうでもいいはずだ。優しさという強さがなければな」


 柊吾は急に照れくさくなり目を泳がせた。

 ドラゴンソウルはクククククと笑う。


「そいえば、なにやら聞きたいことがありそうな表情をしていたが?」


「そ、そうでした。空から降って来たという『なにか』について詳しく聞きたいのですが」


「いいだろう。我はその光景を『空の涙』と呼んでいる」


 ドラゴンソウルは、空の涙について詳細に話してくれた。

 当時、空は曇っていたそうだが、なんの前触れもなく、どす黒い液体が溢れる涙のように流れ落ちてきたという。それが落ちた場所が当時の大商業都市、今では汚染された都市だ。その液体は勢いを増し、大陸全土を覆うのではないかと思われたが、すぐに気化した。空からの落涙は数時間で止まったが、大陸を覆うには十分な瘴気を発生させていたという。


「やはり、都市の中心にいるダンタリオンが全ての始まり……」


「都市に立つ悪魔のことか。我にはよく分からん。なんせ、空の涙が落ちてきたときには、悪魔の姿などなかった。そのダンタリオンとやらが他の魔物と同様、凶霧によって発生したものだとしか思えぬ」


「それは……」


 柊吾は反論できなかった。ドラゴンソウルの言う通りだ。ダンタリオンが意思を持っているようには到底思えない。むしろ自然にできたモニュメントといった雰囲気だ。

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