デートのお誘い
しばらくして竜の山脈は開放された。
だが今回フィールドにかけられた条件は、クラスBハンターのみしか立ち入れないというものだった。竜種のことを文献で調べた今なら、柊吾にもその理由はなんとなく分かる。
他のクラスBハンターたちも躊躇していた。柊吾とハナを含め、現在のクラスBハンターはカムラに五人しかいない。そして、他の三人は柊吾同様にパーティーメンバーが皆下位のランクであり、クラスB同士で協力し合ってはいない。その理由は単純明快。もし出世の機会が巡って来たとき、仲間に同じクラスBがいたのでは、まずそこでどちらが出世するかの争いが起こる。クエストの報酬なども同様、力関係がはっきりしていれば、自分の意向である程度自由に分配できるのだ。もしクラスBが同じパーティーにいたりしたら、どちらの方が武勲を立てたかという争いになり、利益が半減してしまいかねない。だからクラスBがリーダーのパーティーでは、他の仲間がクラスBに上がったら独立し、新たな仲間を募るのが通例だったりする。
もっとも、柊吾はそんなこと全然気にもしていない。もしデュラとメイがクラスBに上がろうと、なにも変わらないから。
そんな理由があって、クラスBハンターたちは自分一人でも未知のフィールドへ行くべきか悩んでいるのだ。
ちなみに柊吾は恵まれた環境にいるので、悩むことはないが――
「――一緒に来てくれないか? 竜の山脈に」
柊吾は夕方、ハナの訓練所へ押しかけ教え子たちが帰るのを待ってから、ハナへ詰め寄った。
訓練所と言ってもあまり大きくはない。事務手続きをするための小さな小屋がまずあり、その奥の扉の先に竹の柵で正方形に囲まれた庭がある。入口付近には様々な武器が立てかけてあり、庭内は砂地でところどころに段差がある。戦場の一騎打ちなんかで使われそうな舞台だ。
柊吾は、ハナが庭の片付けを終わらせ、小屋に戻って来たところで早速頼み込んでいた。
「待って待って! ちゃんと説明してよ!」
ハナが「もぅ」と呆れたように苦笑する。
柊吾はハナが分かっているものと思っていたが、勘違いだと気付き詳細に状況を説明した。
「――そういうわけで、クラスBしか立ち入り出来ないから、ハナに協力を頼みたくて」
「ふぅん?」
ハナは気のない返事をしながら着ていた白の道着の砂を払い、壁際に立てかけてある箒をとろうとした。しかしなにかに気付いたようにピタッと止まる。そのまま動かず柊吾へ問うた。
「……もしかして、二人きりってこと?」
「そうだよ」
まるで電撃が走ったかのようにハナの肩がビクッと震えた。
「あ、あのぉ、ハナさん? それで返事は?」
柊吾が固まってしまったハナへ恐る恐る聞くが、ハナは期待通りの反応を返してこない。
ハナはなにやらボソボソと呟いていたので、柊吾はそーっと近づき、聞き耳を立ててみた。
「そ、それって……まるでデ、デデ、デデデデデッ」
ハナが黒髪をポニーテールにしているため、後ろからでも耳が真っ赤になっているのがよく分かる。
柊吾はハナがなにを言おうとしているのか見当もつかなかった。
「デッ、なに? デスペル?」
「んもうっ! ふざけないで!」
ハナが急に振り返り抗議の声を上げた。
突然のことに柊吾は驚き、「うわぁっ!?」と無様に尻餅をつく。
ハナは緊張したように顔を強張らせながら、柊吾を見下ろした。
「とにかく、二人っきりなのね?」
「そ、そうだけど……」
そのときハナはバッ!と頭に乗せていた般若面を降ろし顔を隠した。そして、蚊の鳴くような声で柊吾の願いに応えた。
「……わっ、分かった。一緒に行く……」
なにが起こったのか柊吾にはよく分からなかったが、とりあえずハナの協力は期待できそうなので、足早に訓練所を出た。なにより、般若面で至近距離から見つめられて怖かった。
「――お兄様が戦場へ赴かれるのに一緒に行けないなんて、不甲斐ない妹で申し訳ありません……」
「いや、妹じゃないけどね?」
思わず突っ込む柊吾。
早朝、彼は準備を済ませ竜の山脈へ向かうところだった。ハナとは紹介所で落ち合う予定で、メイとデュラが家の前に出て見送ってくれている。
「大丈夫だよ。ハナが一緒に来てくれるし」
「全然大丈夫じゃないですっ!」
メイがぷくぅと頬を膨らませた。
「へ?」
柊吾は目を白黒させる。メイの言ってる意味がまったく分からなかった。
「と、とにかく、すぐに戻ってくるよ。あとデュラ、話した通りこれはシモンに預けるから」
メイの横でデュラが頷く。
柊吾は左手にデュラのクリアランサーを持っていた。先日回収したマンティコアの素材から新たな設計図を思いついたためだ。
「お兄様、お気をつけて」
柊吾はメイの言葉を背に家を発つ。
道中でシモンに設計図とクリアランサーを渡し強化を依頼してから、紹介所でハナと合流した。
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