カムラ襲撃

「――こんなものか」


 十分な情報を得られ、柊吾が掲示板から目を離そうとすると、ある貼り紙に目が止まった。赤毛のハンターについて書かれていたのだ。

 最近、討伐隊の最高責任者である総隊長が病気で死去したらしく、そこでヴィンゴールの側近のうちの一人を新たな総隊長へ就任させることが決定した。本来であれば、総隊長の下にほぼ同列で大隊長、総務局長、参謀などの幹部がいるが、体制変更によって隊内を混乱させたくないというヴィンゴールの思惑もあり、元討伐大隊長であり経験豊富な側近を総隊長へあてがうことにしたという。

 それについては誰も異論はないらしい。ただ、問題はヴィンゴールの次の側近だ。今いるもう一人の側近は、クラスBハンターから引き抜いた猛者であるため、今回もクラスBハンターから補充したいとヴィンゴールが言い出した。それ自体についてはキジダルも反対はしていないが、人選が良くない。

 ヴィンゴールは柊吾を指名したのだ。それでキジダルやプライドの高い討伐隊上層部は、柊吾には前科があり危険であるとして慎重になっており、噂を聞いた他のクラスBハンターたちも公平でないとして猛反対している。


「はぁ……」


 柊吾は心底嫌そうに顔を歪め、ため息を吐く。

 なぜ柊吾にだけその情報が回って来ていないのかは定かでないが、彼はもし正式に依頼されたとしても断ろうと思っていた。


 柊吾が今度こそ家へ戻ろうと歩き出すと、広場の南口で小さな人だかりができていた。少し気になった柊吾は人だかりの最後尾に行き、聞き耳を立てる。


「――嘘を吐くな!」


「そうだ、もう海に生物なんていねぇんだ!」


「本当なんだって! 実際に行って見てみろよ!」


 どうやら一人の男が浜辺の柵から海になにかがいるのを目撃したらしい。彼は必死な表情で訴えるが、他の領民たちは全く信じようとしていない。一人の細身の男を豪胆そうな大男たちが取り囲み、まるでいじめのようだ。

 結局、他の領民たちは細身の男に案内され、仕方なく浜辺へ向かって歩き出した。

 柊吾は眉をひそめる。なんだか胸騒ぎがしていた。

 

「――ほら、なにもいないじゃねぇか!」


 一人の男が苛立たしげに細身の男を睨みつける。

 柊吾も浜辺の柵の前まで来てみたが、海はいつもと変わらず濁った群青色で波一つ立てていなかった。


「さ、さっきは本当になにかいたんだよ! 信じてくれよ!」


 男は必死に訴えるが、もう誰も彼の言葉を信じない。

 さっきまでは好奇の視線を向けていた数十人の人たちも興味を失って帰って行く。

 大陸側での話であれば、正門の見張り台には人が交代で常駐しているため男の話の虚偽はすぐに分かる。だが、海の灯台には誰も人がおらずさび付いているため、真実を確かめられないのだ。

 いたたまれない気持ちになりながらも、自分も帰ろうと柊吾が踵を返した、そのとき――


「――お、おいっ! あれ見ろよ!」


 急に別の場所から声が上がった。

 辺りが急にざわめき出す。

 柊吾が背後を振り向き海を見ると、カムラから数十メートル離れたところで海が数メートルほど盛り上がっていた。そして生物のものらしき灰色でゴツゴツとした肌が僅かに浮上する。


「な、なんだあれ……」


「魔物の頭じゃないのか?」


「バ、バカ言うな! あんなデカい魔物がいてたまるかよ」


「おっ、おい! こっち来るぞ!」


 謎の生物は、まるで人間の騒ぎに反応するかのように、こちらへまっすぐに向かってきた。ザザーッと静かに波を掻き分けクルーザーのように直進してくる。

 人々は恐怖に顔を引きつらせながら、慌てて逃げ出す。 

 柊吾は絶句し後ずさるしかできなかった。

 そして、謎の生物が浜辺の前まで接近し、頭を海中へひっこめた直後――


 ――ドゴォォォォォォォォォォン


 地震が起きた。波が立ち桟橋や浜辺を飲み込む。幸い、柵の内側までは到達しなかったため、柊吾たちは助かった。

 しかし、巨大な触手が海から次から次へと出現。


「っ!?」


 ザラザラした灰色の肌でとてつもなく太く、先端は鋭利な棘が無数に生えた鉄球のような形をしていた。

 それは五本、十本……十五本と次々海から現れ数を増やしていく。

 そして、そのうちの数本が暴れ出し、灯台を、浜辺を、桟橋を力任せに叩き潰していく。


「――う、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 その瞬間、カムラはパニックに陥った。

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