第十一章 光をとり戻すために

腐敗の密林

 柊吾たちが転移した先は真っ暗な洞窟の中だった。


「うっ」


 辺りには人や獣の骨が散乱し、どこからか鼻がひん曲がりそうな腐臭が漂っている。柊吾は吐き気と戦いながらガスマスクを装着した。マスクの網目に魔力を流し込み浄化機能を働かせると鼻腔びこうに残った臭いは消えた。

 紫雨が降り続けている以上マスクがあろうがなかろうが、病に侵されるのは変わらないが、念のために持ってきていたことが幸いした。

 

「これは酷いなぁ」


 柊吾は吐き気がおさまるのを待ってから歩き出す。

 足元でグチャっとなにかを踏んだので足の裏を見てみると、ゲル状になった果物だった。

 柊吾がげんなりして顔をしかめていると、デュラが先に外へ出て索敵を始めた。


「――とりあえず周囲に敵の気配はないようです」


 デュラの魂に干渉したのか、メイが索敵の結果を報告してくれる。

 柊吾は気を取り直して洞窟を出る。 

 外に出てすぐにむわっとした温かい空気が肌に触れた。周囲を見渡すと灰色の木々が密集し、紫の霧雨が降り注いでいる。一部の岩はドロドロに溶けだしており、腐敗し変色した木々に触れると簡単に崩れた。


「気味が悪いです……」


 メイが柊吾の後ろで不安そうに呟いた。

 別にこのフィールドに限った話ではないが、彼女の視線の先にあるものがそう言わせたのだ。

 そこにあったのは、人や獣の体の一部が樹木と混ざりあって化石化した異形の塊。まるで一回溶けてから結合したかのようだ。


 ぬかるんだ大地に足をとられないよう気を付けながらしばらく歩くと、柊吾は足を止めた。

 前を歩いていたデュラが振り返り、横のメイも不思議そうに首を傾げる。


「どうかされましたか?」


「いや、さっきから誰かに見られてるような……」


 そう言って柊吾はキョロキョロと辺りを見回す。

 しかし魔物の影はない。目の前には丘の上から曲がりくねって降りてきた小川が流れているだけだ。紫雨の影響で紫色をしている。

 わざわざここを横断するのは止めておいた方が良さそうだ。


「気のせいかもしれないな……とりあえず進むか」


「はい」


 柊吾は視線のことはとりあえず放置で川の流れに沿って歩き出した。

 メイとデュラも周囲を警戒しながら追いかける。


 歩いてすぐに木々がより密集している場所に差し掛かった。

 やはり視線は感じたままで、柊吾は一旦足を止めて周囲を見渡した。

 折れ曲がった樹木や巨大な赤いバラなど、妖しい雰囲気を漂わせている。

 再び歩き出そうとすると、デュラが柊吾の前に出て片手で制した。


「デュラ……分かった、よろしく頼む」


 デュラが先頭で安全を確かめようとしていることはすぐに分かった。

 柊吾はデュラから少し距離をとり、周囲を見回しながら歩き出す。メイはさらにその後ろに続いた。

 巨大なバラの一つにデュラが近づいた、次の瞬間――


 ――ドガッ!


 なにかを打ち付ける鈍い音が響いた。


「なんだ!?」


 柊吾が慌てて前を見ると、デュラの姿がなかった。地面を転がっていたのだ。

 敵の襲撃で間違いない。

 

「お兄様、下がって!」


 柊吾はメイの声で反射的に飛び退く。

 同時に、柊吾の目の前を細いなにかが風切音を立て通り過ぎた。

 間一髪で奇襲を避けた柊吾が前方を見ると、左右にある巨大なバラから女の上半身が這い出てきた。

 緑の髪に緑の肌の女で体にはツルが巻かれており、手には鋭いトゲの生えたムチを持っている。

 柊吾もゲームでよく知る魔物アルラウネだ。


「メイは下がるんだ!」


 柊吾がそう言って大剣を背から抜くと、メイは後方へ下がる。

 デュラもすぐに立ち上がり、アルラウネから距離をとった。

 敵は柊吾の目の前とデュラの目の前に一体ずつ。

 冷静に戦えば倒せない相手ではない。


「デュラ、行くぞっ!」


 開戦を告げるバーニアの噴射音が静かだった密林に鳴り響く。

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