滅亡世界の魔装設計士 ～五体不満足で転生した設計士は、魔装を設計し最強へと成り上がる～

第三章 凶霧より目覚めし少女

生ける屍

　少女にはなにもなかった。

　霧の中で目覚め、記憶はなく、家族もなく、そして生命すらない。

　生ける屍。それが最も適した表現だった。

　妖しく光る深紅の瞳に、神秘的な輝きを宿した銀髪のおかっぱ。背は低く華奢な体型で、バラ模様の黒の長袖の上に紺の上質な外套、外側が紺、内側がグレーの高貴さを感じさせるオーバースカート。そして、頭にはちょこんと赤い花の髪飾りを乗せており、まさしく上流階級の令嬢といった雰囲気だ。ただ、彼女自身気弱で臆病なため凛々しさは感じられない。

「……一体どうすればいいの？」

　問いかけても誰も答えてはくれない。周りには誰もおらず、どこを見渡しても廃墟や凶暴そうな魔物ばかり。

　長いこと歩き続けた。腹は減らず、毒の沼に入っても侵されず、疲労や痛覚もない。そしてその間、遭遇した魔物たちに攻撃されなかったことが、彼女が彼らの仲間であることの証明でならない。

「誰か、助けて……」

　明けない砂漠に涙が落ちる。

　アンデットの少女は行く当てもなく、凶霧に覆われた大陸をただひたすら彷徨い続けた。

　――――――――――

　柊吾は洞窟でデュラハンと再会した後、彼をカムラへ連れ帰った。当初の予定通り、頭には騎士の兜を乗せ、あたかも討伐隊の騎士であるかのように第二教会へ戻り、家に匿った。彼を見たことのある討伐隊員やハンターに出会わなかったのは幸運でしかない。

　デュラハンを家に置いて紹介所でのクエスト完了報告を終えた柊吾は、デュラハンをまずシモンの鍛冶屋へ連れて行った。

「おぉっ！　彼が例の首なし騎士かい？　なんかボロボロだねぇ。それにしても、こんな平凡そうな男に忠誠を誓うなんて、もの好きな騎士もいたもんだ」

　シモンがいつものように冗談を言い、ケラケラと笑う。

　しかし、デュラハンには冗談で済まされなかった。

　――ガシャンッ！

「いっ！？」

　デュラハンは淀みのない動きでシモンの首元へランスを突き付けた。ケルベロスとの戦いのせいかランスの切っ先は折れてしまっている。それでも、デュラハンの力で喉を一突きされればひとたまりもない。

　シモンはドン引きしたように頬を引きつらせると両手を上げた。

　柊吾は慌ててランスの柄を掴みデュラハンに向き合う。

「待って『デュラ』、彼はシモンと言って俺の知り合いだ。悪い奴じゃない」

　デュラハンは柊吾の顔を無言で見つめ……兜の顔面を向けているだけだが。その後に今一度シモンへ顔を向け、すぐに柊吾へ顔を向け直すとゆっくり頷き、ランスの穂先を下した。

　シモンはげんなりして肩をすくめた。

「悪かったよ。別に君の忠誠心を侮辱しようとしたわけじゃないんだ……で、デュラっていうのは？」

「あっいや、『デュラハン』じゃ長いから、彼にもちゃんとした名前をって思って……」

　柊吾は頬をかきながら「あはは……」と控えめに笑う。あまりにも安直な名付け方だということは、自分でも分かっていた。

　シモンはからかうように「ははっ」と笑う。そしてすぐに、デュラが再びランスを突き付けた。

「な、なんで！？　まさか、その名前が気に入ってるんじゃ……」

　シモンが疑うようなジト目をデュラに向けると、デュラは左手を自身の顔の横まであげ、そして親指をピシッ！と立てた。

　それを見た柊吾は後ろでクスクスと笑い内心安堵する。

「まぁデュラの紹介はさておき、シモンに頼みたいことがあったんだ。デュラの装備を整えてもらいたい」

　柊吾はそう言うと、アイテム袋からジャラジャラと鉱石類を取り出して横の机に置く。デュラと再会した後、帰還前に洞窟で採取したものだ。

　デュラはランスを下げ、シモンは特に嫌な顔をすることもなく頷いた。

「構わないよ。これだけあれば、ボロボロになった鎧の修復は造作もない。要望があれば教えてくれ」

「まずは、デュラハンを知っている人たちに見られても気付かれないよう、カラーリングを変えてほしい。できれば見た目も違うと助かる。武器も、盾は仕方ないとしてもランスの方は長くて目立つから、町では小さくできるよう穂先を引っ込められるような構造にしてほしい。一応、おおまかなイメージは図に落としてある」

　柊吾が装備の外形、構造図をシモンへ渡す。

「こりゃまた注文が多いな。それなりの金額とレアな素材は請求するから覚悟しておくんだぞ？」

「もちろん、分かってるさ」

「それならいいんだけどね。それじゃあ、彼を置いて行ってもらえるかい？　どういう風に魂が定着してるか分からないから、直接加工するよ。なに一週間程度で終わるさ」

「分かった。よろしく頼む。それじゃあデュラ、君の装備を整えるからシモンに大人しく従っておいてくれ」

　柊吾はそう言うと、鍛冶屋から出ていく。後ろから慌てたようなガシャンッという音が聞こえ、シモンが「待て待て」と必死に呼びかけていたようだが、すぐに静かになった。