慟哭

「父上? なんか変~?」


 ニアがドラゴンソウルの様子に機敏に反応し、表情を曇らせる。

 ドラゴンソウルは深呼吸するようにゆっくりと炎を揺らめかせ、弱々しく告げた。


「すまん、な……少々力を使いすぎたようだ」


「そんな……まさかっ!?」


 柊吾が頬を歪ませ目を見開く。ドラゴンソウルの言おうとしていることはすぐに分かった。彼の炎の燃え方がまるで風前のともしびのように弱々しかったのだ。先の戦いで力を使い果たしてしまったのだとすれば、自分の責任だと柊吾は拳を強く握る。


「そんな顔をするな。そもそももう長くなかったのだ。むしろ、最後にそなたと出会えて本当に幸運だった。ニアの行く末を案じていたが、そなたのおかげで憂いがなくなったわ。礼を言うぞ」


「しかし、先ほどの敵は、おそらく俺を追ってきたんです。俺なんかのせいであなたが……」


「気にするな。あれの目的など、誰にも分からん。だからそなたのせいではないわ。それに奴の正体は、人間がどうこうできるレベルのものではない」


 柊吾は目を見開いた。まるで異形の者の正体を知っているかのような口ぶりだ。


「ご存知、なのですか?」


「所詮は推測だがな……あれは『魔神』だ」


「えっ? ま、魔神?」


 柊吾は目を見開く。魔神といえば、文献でクラスUと認定されていた不明確な存在。


「ああ。次元を裂く者など、神格以外に聞いたことがない。それにあの化け物の気配、我が友『神龍リンドブルム』と同じ神格の雰囲気が混じっていた。だが、明らかに禍々しい瘴気がそれを覆い隠していた。だからこそ魔神なのだ。もしかすると、奴はまだ生きているかもしれぬ。十分注意せよ」


「貴重な情報、ありがとうございます」


 柊吾は礼を言い頭を下げた。

 ドラゴンソウルは次に、友であり臣下であるアークグリプスへ語り掛けた。


「我が友グリプスよ、よくぞここまで仕えてくれた。大儀である」


「カウゥゥゥン……」


 アークグリプスが悲しげに鳴く。立ち上がって玉座の横まで歩み寄り、王へこうべを垂れた。


「我がいなくなった後も、この山を任せたぞ」


 アークグリプスは王の意思を受け、誓いを立てるように天高く鳴いた。


「父上~死んじゃやだ」


 ニアが端麗な顔を涙で揺らしながら、もう小さくなってしまった龍王の炎を胸に抱く。


「ニアよ、そなたの成長を見届けられないのは残念だ。だが、そなたの未来に幸多きこと、疑ってはいない。だから、これは最後の贈り物だ」


 ドラゴンソウルの炎が大きく揺らめいた次の瞬間、ニアの体がキラキラと黄金の光を発する。

 ニアは驚いて自分の体を見回した。


「なんか心が温かい……それに、力が湧いてくるよ?」


 ドラゴンソウルは真剣な声で「ニアよ、よく聞け」と言って、彼女の封印について話し始めた。


「そなたは凶霧に侵されたとき、竜人の体になっても応龍の力を宿していたせいで暴走した。力を制御する能力が未熟だったためだ。だから我は、そなたの力を封じていた。だが成長した今なら心配はいらぬだろう。たった今、封印を解除した。この力、争いのためではなく、己が幸せになるために使いなさい」


「父上……ありがとう」


「ああ、これで心残りはなくなった。この大陸に平和が戻ること、そしてニアが平和に暮らせることを、切に……願う…………」


 その言葉を最後に、ドラゴンソウルの炎は消えた。

 ニアは胸に抱いていた炎が消え去っても、その体勢から微動だにせず、固まっていた。

 見開いた目からは、涙が溢れ出す。


「……父、上? 父上ぇぇぇぇぇっ!」


 ニアの慟哭が空に広がり雨を降らせた。たとえ天候を操る竜であろうと、涙を止めることはできなかった。

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