胸の奥に秘めたもの
「――まだ諦めるには早いんじゃないかな?」
そのとき、凛々しく潤しい女の声が聞こえた。
それは背後から響いたかと思うと、柊吾の頭上をブーメランのように回転する二刀の小太刀が飛ぶ。
それはヒュドラの両目を裂き、動きを止めた。敵は怒りで激しく首を振りまわし暴れるが、ブレスを吐き出したときには、メイとニアは既に抱きかかえられ、柊吾の元へ。
「また待たせてしまったね」
『ハナ』だった。
彼女はメイとニアを地面に下ろして柊吾へ背を向け、雷充刀アギトを抜く。
いつものように武者の甲冑を肩や腰に身に着け、顔には般若面。だからガスマスクをしていない。
彼女が発する張り詰めた空気からは、ただならぬ覚悟を感じる。
「ハナ!? どうしてここに……」
「領主様に願い出たんだよ。私にも戦わせてくださいって。そうしたら、グレンさんとキジダルさんが強く推してくれてね」
「キジダルさんも?」
意外だった。いつものキジダルであれば止めるはず。それだけ柊吾たちの戦いに賭けているのだろう。カムラの未来を。
だがそれでも、ハナが一人加わったところで状況は変わらない。アギトの切れ味であればヒュドラのコアを破壊することはできるであろうが、できて一体。圧倒的に手数が不足している。
キュベレェが一旦後退し、柊吾たちの元へ来たときにハナへも紫雨を無効化する加護をかけてもらった。
ヒュドラたちが柊吾の方へ顔を向け、弱った獲物を追いつめるようにジワジワと迫って来た。
「ーー私が時間を稼ぐよ!」
ヒュドラのことと現状について、柊吾が手短に説明すると、ハナは勇ましくヒュドラたちへ駆けて行く。その表情に曇りはなかった。
柊吾には理解できない。
なぜこの状況で戦う気力が湧いてくるのか。
本当に今の説明で理解できたのかと疑問に思う。
すると、デュラも負けてられないとばかりに、丸腰でヒュドラの元へ向かっていく。地面に刺さっていた小太刀を拾うと、それで額へ傷をつけようと、何度地面へ叩きつけられようと、そのたびに立ち上がる。
キュベレェも柊吾の前に立ち、両の拳を握りしめると告げた。
「私は決して諦めません。仲間たちのために諦めるなんて許されない。だからっ!!」
そう言って敵の元へ飛翔する。
柊吾には彼女たちを止めることはでない。
もう戦ったって意味がないのだと言う勇気もない。
「お兄様……」
メイが揺れる瞳で柊吾を見た。
そのとき、ようやく理解する。
みんな信じているのだ。これまでのように絶望的な状況を打開できると。
そして、柊吾ならできると信じているからこそ、彼をここに置いて自らの身をかえりみず強敵へ挑むことができたのだ。
しかし当の柊吾には絶望しかなかった。
(こんな状況で、俺にできることなんて、なにも………………っ!)
胸の奥で、また誰かが怒りの声を上げる。
「なんのために託されたのか」と。
そのとき、ようやく柊吾は思い出した。
こういうときのために用意していた最終手段を。
「そうか、そうだな……」
「お兄様?」
意識を失ったニアを膝に乗せたメイが不安げに柊吾を見上げる。
柊吾は目を閉じ深く呼吸すると、一瞬の後に覚悟を決める。どんな手を使ってでも、敵を打ち倒す覚悟を。
やがてゆっくり目を開けると、静かで禍々しい覇気を纏い、燃え滾る闘志を瞳に宿してヒュドラを睨みつけた。
「メイ、みんなに伝えてくれ。もう一度、やつらへ一斉攻撃を仕掛けると――」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます