領主として

 張り巡らされた白く太い糸を潜り抜け、高台に辿り着くとヴィンゴールたちの姿が見えた。ヴィンゴールの横にはキジダルと側近のカイロスがつき、なにをするでもなく高台の作業を見守っている。

 高台の上には数人が上り丁寧に接続部のチェックをし、下では大容量バッテリーから砲台へ繋がるケーブルの強度を確かめたりしていた。その後ろで報告を受けては新たに指示を出しているのはファランだ。

 シモンはファランの隣でそわそわしながら周囲を見回している。どうやら、大容量バッテリーに繋がれた無数の糸が気になるようだ。カムラ中に張り巡らされているのは、これに間違いない。


「なるほど、そういうことだったのか……」


 柊吾はようやく、シモンが糸を張った理由に思い至った。


「ん? 柊吾ではないか!?」


 柊吾の呟きに気付いたヴィンゴールが振り向き、声を上げた。柊吾はヴィンゴールたちの元へ駆け寄る。

 キジダルは先ほどのバラムたちと同じような反応を示した。


「よく戻って来てくれた」


「遅くなり申し訳ありません。状況は総務局長たちから聞きました」


 ヴィンゴールは頷き、柊吾に向き直ると大きく息を吸った。


「そうか、こんな状況だ。またそなたの力を貸してほしい。無力な私たちに代わり、このカムラを……」


 その後は言葉にならなかった。

 代わりに頭を下げる。

 肩を震わせ、領主としてなにもできないことを悔しがっているようだ。


「領主様……」


 眉尻を下げ悲しそうに柊吾へ目を向けるキジダル。

 その眼差しに含まれていたのは懇願。

 柊吾と目が合うと、すぐにキジダルも頭を下げた。


「お任せください」


 柊吾はゆっくり頷いて答えると、シモンの元へ駆け寄る。

 彼は険しい表情で腕を組み、思案にふけっていた。

 こんなシモンを見るのは初めてだ。


「シモン!」


「え? 柊吾!? 戻ったのか!?」


「ああっ、状況は? レーザーカノンは撃てるのか!?」


「まだだ。今準備を急がせてはいるけど――」


 シモンは手短に、自分の案を説明する。

 それは柊吾の予想していたものと同じだった。

 カムラ中に張った糸の先には雷の杖を置き、領民たちに魔力を込めてもらって雷を発生させ、電気を流して大容量バッテリーを充電する。そうすれば、カムラ中の魔力を利用することができ、レーザーカノンをフル出力で発射するエネルギーを調達できるのだ。


「さすがだなシモン。とんでもない発想だ」


「いつも君の設計図を見てたんだ。おかけで自分を信じることができたよ」


 シモンは嬉しそうに笑う。

 すぐに大容量バッテリーの先を目で追って、神妙な顔に戻った。


「けど問題は、領民たちにそれを伝えて充電することだ。今、手の空いた人間をできる限り動員して糸を張り、その後で手あたり次第に伝え歩くよう指示はしてる」


「それじゃあ、いつ発射できるか分からないな」


「ああ。けどこれ以上できることがない」


 シモンが打つ手なしというように肩を落とすが、柊吾は「十分だ」と笑みを浮かべ、親友の肩に手を乗せた。


「後は任せろ。メイ、やれるか?」


「はい。どこまで届くは正直分かりませんが、全力を尽くします」


 柊吾の後ろからメイが前に出て、凛々しい表情で告げた。その眼差しには自信が現れている。

 だがシモンには、二人がなにをしようとしているのか分からない。


「どういうことだ?」


「メイの持つ力は『魂に干渉し心を通わせる力』だ」


「なに? まさか……」


「そういうことだ。彼女の力でカムラ中の人の魂に干渉し、協力を頼む」


 シモンは場違いにも声を上げて笑った。

 そんなバカげた能力があるのかと。本当に彼らといれば退屈しないと。

 柊吾も頬を緩ませ、メイに指示を出した。


「メイ、内容は今聞いた通りだ。カムラ中に張り巡らされている白い糸。その先に雷の杖が置いてあるから、それを利用して雷を発生させてほしいと町中に伝えてくれ」


「分かりました。力を広範囲に広げるので、少しお時間を頂きます」


 メイは頷くと目を閉じ、まるで祈りを捧げるように両手を前で組む。

 突然冷気が吹き荒び、少しずつ不死王の力を開放していく。

 だがそのとき――


「――待て」


 声をかけてきたのは、ヴィンゴールだった。

 その後ろにキジダルとカイロスもついてきている。

 柊吾には彼らがなぜ止めたのか理解できない。

 

「領主様? いったいどうされたのです?」


「すまない。盗み聞きしてしまってな。メイくん、君の力で私の声を民へ届けることはできないか?」


「は、はいっ、できると思います」


「そうか。柊吾、私に機会を与えてくれないか?」


 ヴィンゴールは緊張の面持ちで柊吾を見る。

 柊吾はようやく理解できた。彼は領主として、カムラのためにできることをずっと探していたのだ。

 そして今、ヴィンゴールが成そうとしていることは、他の誰にもできない。

 柊吾は喜びに頬を緩ませ、頭を下げた。


「ぜひとも、お願いします」


 ヴィンゴールはメイの指示に従い、彼女と手を繋ぎ目を閉じる。

 再び不死王の力は暗黒の冷風となって、カムラ中へ流れ出す。

 そして、柊吾の頭にヴィンゴールの声が響いた――

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