二冊目の手記

 アンドロマリウスは完全に沈黙。

 大蛇の頭部は、光の矢によって損壊しその熱量によって煙を上げており、上半身のフェミリアは仰向けに倒れていた。

 純白の翼は羽根を散らし、ぐったりと広げられている。

 

「フェミリアっ!」


 キュベレェはわき目も振らず彼女の元へ駆け寄り、上半身を抱き起す。

 大粒の涙を流し顔を酷く歪めながら、親友の名を呼ぶが反応はない。完全にこと切れているのだ。大蛇が本体だったのだろう。人が頭を失えば死ぬように、彼女もまた大事な体の一部を失ったということ。

 フェミリアの表情が安らかであるのが唯一の救い。


「なんでこんなことに……」


 親友を抱いて慟哭するキュベレェ。

 かけられる言葉もなく、立ち尽くす柊吾とデュラ。

 胸がひどく痛み、目を逸らした柊吾が洞窟の奥へ目を向けると、そこには岩で作られた小さな机のようなものがあった。

 そこまでゆっくり歩いていくと、机の上には古びた日記のようなものが置いてあった。


「これはっ!」


 それを手に取った柊吾は、瞠目し思わず声を上げた。

 中を開くと、凶霧の魔物たちのことが書いてあったのだ。この密林の魔物、アルラウネや怪樹『フォモルテ』、『フォビドゥンエルフ』のことなど。つまりそれは、シモンの持つ謎の手記の続きを意味する。

 柊吾は息を呑み震える手でページをめくる。シモンの読みは正しかった。アンドロマリス――フェミリアが手記の持ち主で間違いない。

 しかし柊吾は混乱するばかりだった。まともに思考し、文字も書けるとは思えない状況だった彼女が、どうやってこれを書いたというのか――


「――フェミリアの授かった加護は『予言』の力だったんです」


 柊吾が背後を振り向くと、目元と鼻を少し赤くしたキュベレェが立っていた。伏し目がちになって、柊吾の手元の手記を見ている。

 

「予言……」


 柊吾はそう呟くと、シモンの手記に書いてあったことを思い出す。確かにあれにもアンドロマリウスの生前は、予言の力を宿していたと書いてあった。それから考えられる答えは一つ。

 それに至った途端、柊吾は背筋に稲妻が走ったかのような感覚を覚えた。


「そういうことかっ!」


 フェミリアは、魔物と化す前に手記を書いていたのだ。予言の力を使って。

 おそらく、凶霧が発生し彼女はここへ逃げ込んだ。その後、敵に対抗する手段を講じようと、まずは予言の力でこの先現れる魔物たちを知り、手記に記していった。だが、滝の底にはヒュドラが住み始め、ここから出ることができなくなった。それでも手記を書き続け、二冊目のここまでを書いた後、凶霧に……


「……フェミリア、あなたも戦っていたのね。こんな場所で、たった一人で」


 キュベレェが膝を落とし、顔を両手で覆って嗚咽をもらす。もっと早く来ていればと、無念さを隠しきれない。

 親友の末路を知った彼女にとっては残酷な話だが、柊吾にとっては感謝してもしきれない。

 どんな経緯かは知らないが、手記の一冊目はこの滝から流れ落ち、海へと流れてカムラへ辿り着いた。そのおかげで柊吾はここまで戦い抜くことができたのだ。

柊吾の斜め後ろで、デュラが膝を折ってこうべを垂れる。柊吾も黙祷し感謝の念を捧げるのだった。


 やがて、キュベレェは立ち上がると告げた。


「その手記はあなたが持って行ってください」


「え? でもこれは……」


「いいんです。きっと彼女もそれを望んでいるはずですから。この凶霧を晴らせる人の手に渡ってこそ、彼女も浮かばれる」


 キュベレェは託したと言うように神妙な表情で頷く。

それから彼女は、しばらくこの洞窟に残ること告げ、柊吾とデュラへ何度も頭を下げ感謝を述べた。 


 カムラのキュベレェ王への協力は、ひとまず完了したということで、柊吾はカムラへ帰還するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る