真の姿

 数えきれないほどの人の手が、凄まじい勢いで柊吾たちへ迫る。

 柊吾は思わず後ずさり、メイは屈みこんで頭を抱え、デュラは懸命にも主を守ろうと柊吾の前に出る。だが、とうてい受け切れる数ではない。

 得体の知れないものに飲み込まれる。それを柊吾が覚悟した、次の瞬間――


 ――ズバァァァッ! ズザザザザザァァァァァンッ!


 雨も降っていないのに突如雷鳴が鳴り響き、柊吾の周囲に連続で白銀のいかずちが落ちた。

 あまりの眩しさに腕で目を覆っていた柊吾は、雷鳴が止んでから腕をどけ目を開ける。


「っ!」


 目の前の光景に瞠目した。

 敵の腕が全てちぎれ、宙を舞っていたのだ。それらは、まるで霧のようにうっすらと消え失せていく。


「たす、かった?」


 メイが信じられないというように呆然と呟く。

 柊吾も唖然としながらも、目の前の地面一帯が真っ黒に焦げているのを見て悟った。雷は、柊吾たちに襲い掛かった手を焼き払ってくれたのだと。

 そしてその雷を放った者――いつの間にか現れていた圧倒的な存在感。その気配に目を向ける。

 岩盤の上にある突き出た崖、その上に四足で立ち柊吾たちを見下ろしていたのは、麒麟だった。だが、以前とは雰囲気がまるで違う。角は蒼白に輝き纏っている雷も穢れなき純白。以前の荒々しさはなく、威風堂々と佇む様は神々しかった。


(これが、天雷の霊獣『麒麟』……)


 柊吾はその真の姿に瞠目する。感動すら覚えた。

 だが、異形の者は相変わらずのマイペースで、麒麟に攻撃されたことなどお構いなしに第二波を放ってくる。

 再び雷鳴が響いたかと思うと、一瞬の後に麒麟が柊吾たちの前に現れていた。

 デュラは麒麟の邪魔にならないよう、後ろへ下がり柊吾の横につく。

 敵の周囲で空間が裂け、無数の青白い手が柊吾へと勢いよく伸びてくるが、その手前に立ち塞がる麒麟の目前で全て弾かれた。まるで磁気のフィールドを張っているかのように、敵の手を寄せ付けずバチバチと弾く。

 らちが開かず、敵が一旦手を引っ込めると、麒麟はその角に稲妻を充填し前足を高く振り上げた。


「ヒヒィィィィィンッ!」


 そして気高くいななくと、お返しとばかりに白銀の雷球を放った。

 それはうねる雷の軌跡を描き、まっすぐに敵へ迫る。だが敵は、またも空間が歪んだようないびつな障壁を前方へ展開する。

 稲妻の斬撃やトライデントアイのレーザーを防いだものだ。柊吾はこれも防ぎ切られると思った。


「――っ!?」


 しかしそれは勘違いだった。

 障壁の直前で突然雷球が直角に曲がり、上へと直進したのだ。そしてある程度上がると、光が弾け小さな雷の雨となって敵の頭上から降り注ぐ。突然の上空からの奇襲に、前しか守っていなかった敵は防ぎきれない。


「――す、凄い……」


 メイがしゃがんだままの状態でポカンと口を開いていた。

 雷が直撃し、ついに敵は膝をつくように上体を倒した。ローブがところどころ燃えている。


「………………………………」


 しばらく微動だにせず、柊吾を見つめていた敵だったが、麒麟が再び角に雷を溜め始めるとゆっくり背後へ向き直り、歩き去っていった。


「……助かった、のか?」


 急に緊張が溶け、柊吾が間の抜けた声で呟く。

 唖然とする柊吾たちの目の前で再び雷光が走り、麒麟が崖の上に戻っていた。

 柊吾はハッとして麒麟の姿を追いかける。色々と聞きたいことがある。たとえ言葉は発せなくてもなんらかの手がかりは得られるはずだ。


「ま、待って!」


 慌てて叫ぶが、麒麟はお辞儀するように律儀に頭を下げ、すぐに眩い雷光を放って消え去った。


「私たちを助けるために来てくれたんでしょうか?」


 メイが立ち上がり柊吾の横にピッタリつく。

 柊吾は首を振りながら言った。


「それは分からない」


 柊吾たちが以前、彼を呪いから開放したから助けてくれたのか、それともあの異形の化け物と敵対していたから助けたのか。それは定かではないが、柊吾はなんだか清々しい気分になっていた。


(礼ぐらい、言わせてくれよ)

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