狂戦獣ベヒーモス
一方、廃墟と化した村では――
――ブオォンッ!
ベヒーモスの振り下ろした前足が宙を裂く。ハナは紙一重で横転し回避。もう片方の前足が連続して迫るが、冷静に太刀で受け流すと大きく跳び退いた。
肩で息をしているハナの顔には般若面が装着され、両手で太刀を握りしめている。
対するベヒーモスは獲物を逃したことなど意に介していないかのように、ゆっくりハナへと向き直った。
ベヒーモスはカトブレパスと同等のサイズ感で四足歩行の魔獣だ。全身の筋肉が異様に発達しており、獰猛ないかつい顔に鋭く尖った二本の角。圧倒的な膂力はミノグランデの怪力に匹敵するうえに、反射神経がとび抜けている。まさしく猛獣といったところだが、知性も高く剣のような刃を生やした尻尾を駆使するから隙が無い。
「くっ……」
ハナは反撃の糸口が掴めず奥歯を強く噛む。鬼の能力を開放しても、ベヒーモスの余裕の態度は覆らない。テオを失ってからこの日のために鍛え直してきたというのに、なんという体たらくだろうか。
「このぉっ!」
ハナは地を蹴り風を切る。凄まじいスピードで迫るもベヒーモスは冷静に片足を引いた。次の瞬間、ベヒーモスの体が一回転し、剣の尻尾が薙ぎ払われる。
しかし、その攻撃モーションは昔にも見ていた。
「見切った!」
ハナは咄嗟に跳び上がり、尻尾の斬撃を回避する。そしてそのままの勢いでベヒーモスへ斬りかかる。
「ギャゥンッ……」
上空から振り下ろした一撃は見事にベヒーモスの肩を裂いた。だが、あまりにも硬い筋肉に阻まれ、深くは入らなかった。
「まだ!」
ハナは着地と同時に太刀を横から薙ぎ払う。
――ガキンッ!
ベヒーモスの首を飛ばす勢いで振るった一閃は、その強靭な牙に挟まれていた。
「ぐぅぅぅ……」
敵の咬合力とハナの力が均衡するものの、ベヒーモスはすぐ攻撃に切り替えた。太刀から口を離し、隙だらけのハナに猛烈なタックルをかます。
「っ!」
ハナはベヒーモスの硬い右肩に突き飛ばされ、荒野を勢いよく転がった。太刀も手放してしまい、あらぬ方向に飛んでいく。
痛みに顔を歪めながら立ち上がると、ベヒーモスがその鋭い深緑の角をハナへ向け、猛然と駆け出していた。ハナの脳裏にテオの最期が蘇る。あの時も、ピンチのハナをテオが庇って貫かれたのだ。
「ごめん、テオ――」
ハナが掠れる声で呟き目を閉じる。
そのとき、聞こえたのは肉が貫かれる音ではなかった。
――――――――――
「――ハナぁぁぁ!」
柊吾は全速力で荒野の上空を飛び、ハナを捉えると左腕を放った。体から離れ、けたたましい噴射音を響かせたオールレンジファングは、間一髪で立ち尽くすハナの腕を掴んだ。
「うぉぉぉぉぉ!」
巻き取り機構を起動し、一気に引き寄せる。空中でハナをしっかり抱き止めた柊吾は、バーニアの噴射を調整し地面に着地する。
柊吾は、ぎゅっと目を瞑っていたハナを地面に寝かせ顔を覗き込んだ。
「ハナ、大丈夫か?」
「……え? 柊吾、くん? なんで?」
ハナはゆっくり目を開け、信じられないというように目を白黒させている。
「なんでって……仲間だからだよ」
柊吾はさも当たり前のように言う。ハナは黙って目を見開いていた。
実際のところ、ハナの探索をバラムに願い出て、ヴィンゴールの許可をもらったのだ。
柊吾はそれ以上なにも言わず、ベヒーモスを見る。今はデュラが足止めしていたが、さすがはクラスAモンスター。デュラの力でもってしても、防御で精一杯だ。ランスで反撃する隙すら与えられていない。
バコン!
ベヒーモスが回転しながら横へ跳び、薙ぎ払われた尻尾がデュラを叩き飛ばす。
ベヒーモスは次に柊吾の方を向くと、牙を光らせ地を蹴った。
恐ろしい魔獣が迫っているというのに、柊吾は慌てず叫ぶ。
「メイ!」
次の瞬間、ベヒーモスの左側方から白光が迫った。ビームアイロッドの最大火力だ。
だがベヒーモスはここでも超常的な動きを発揮し、直撃の寸前で身を捻り横へ転がることで緊急回避した。
「くそっ、なんなんだあいつは!」
「……あれが狂戦獣ベヒーモス。私と弟が鬼の力を以ってしても敵わなかったバケモノよ」
ハナは柊吾の肩を借り、ゆっくり立ち上がる。
柊吾が前を向くと、ベヒーモスは既にメイに狙いを定めていた。
「メイちゃんが!」
ハナが慌てて叫び走り出そうとするが、柊吾がその腕を掴んで止める。
困惑の表情で振り返ったハナへ柊吾が言う。
「大丈夫だ」
そのすぐ後、ドスン!という音が響きハナは再び前を向いた。ベヒーモスが倒れていたのだ。その両前足には白い糸が巻き付き、ベヒーモスが前につんのめって顔を地面に付けている。メイがスパイダーホールドを張っていたのだ。
「今だ、ハナは太刀を!」
柊吾はそう言ってバーニアを噴射し、ベヒーモスへ飛び出す。ハナは頷き、太刀を拾うべく走り出した。
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