追跡者

 柊吾たちが山道を降りると、広場のような円形の岩地で戦いが始まっていた。


「またあいつか……」


 アークグリプスが対峙していたのは、呪われた渓谷で襲ってきた異形の者だった。相変わらず漆黒のローブで全身を覆い隠し、足を引きずるようにのっそりと歩いている。

 ハナが対峙するのは初めてだ。


「知ってるの?」


「ああ。呪われた渓谷で一度襲い掛かって来た。おそらく、凶霧を発生させている存在と関係がある」


 敵の視線の先は山道。いや、柊吾か。アークグリプスの攻撃にさらされようとも、柊吾へ向かってひたすら歩き続ける。


「――クヲォォォォォッ!」


 アークグリプスが剣の羽根や風の円盤を次々放つ。しかし異形の者は空間に歪みを発生させ無効化。アークグリプスは驚いたように目を見張るが、前足の爪に圧縮された風を纏い突貫する。敵の頭上から振り下ろそうとするが、周囲の空間が裂け、内側から先が槍のように尖った鋼鉄の触手が次々飛び出した。アークグリプスは攻撃を中断し、自分へ襲い掛かる触手を爪で払い、避けながら敵の後方へと飛翔。

 攻撃を終えた触手たちは異形の者の周囲に引っ込み、ゆらゆらと次元の狭間から先端を覗かせながら待機する。

 ここまでアークグリプスと激闘を繰り広げていた敵は、一度も柊吾から視線を逸らさなかった。


「……まさか、俺を追って来たのか?」


 柊吾は戦慄する。


「でも、なんで?」


 ハナが困惑して問うが、柊吾には答えられない。だがなんとなく、敵の狙いが柊吾であることは渓谷のときから感じていた。恐怖のあまりそう思いたくなかっただけだ。

 敵は背後のアークグリプスなど目もくれず、のっそりと山道に立っている柊吾へ近づいて来る。

 だがそれを許すアークグリプスではない。


「グヲォォォォォッ!」


 彼は異形の者の頭上で滞空すると、強く羽ばたき荒々しい竜巻を呼び起こす。柊吾との一騎打ちで最後に作り出した竜巻のドームだ。

 樹木や鉱石などを巻き上げながら、暴風は二体を包み覆う。瞬く間に竜巻のドームが完成した。あれの中では異形の者でも防ぎきれまい。

 だが次の瞬間――


「――グワァァァァァン」


 アークグリプスの叫び声が響いた後、竜巻のドームの外に空間の亀裂が生じた。


「っ!?」


 そして亀裂の隙間から大きな青白い手が二つ出てきたかと思えば、空間を強引にこじ開ける。中から異形の者が這い出してきた。


「……嘘、だろ?」


 柊吾の背筋が凍る。ハナも恐怖に顔を歪め、後ずさっている。

 一体どんな手品なのか、敵は異次元を移動して竜巻の中から脱出したのだ。ローブがボロボロになっていることが、先ほどまで竜巻の中にいたなによりの証拠。

 そして激しく回転していた竜巻は方向性を失い、徐々に発散していく。視界が晴れ、中の様子が見えたとき、アークグリプスが血まみれになって真っ逆さまに落下していた。


「一体なんなのあれは……」


「くそっ!」


 柊吾の足がすくむ。あんな能力聞いたこともない。今までに出会った魔物たちとは明らかに一線を画していた。


「…………」


 敵は突然、攻撃を受けてもいないのにのけぞった。今の力の反動のようだ。

 その場で立ちくらみを覚えたようにフラフラとぐらつくと、再び柊吾へ顔を向け歩き出した。


「とにかくできることをやるしかない」


 柊吾はブリッツバスターとショックオブチャージャーに稲妻を充填し始めた。

 ハナも般若面を顔に下ろし、背のアギトに稲妻を送る。

 そのとき、新たな乱入者が現れた。


「――グリプス~?」


 柊吾たちの背後で気だるげな声を上げたのは、ニアだった。柊吾の背筋に悪寒が走る。嫌な予感がしていた。


「っ! ニア、来ちゃダメだ!」


 柊吾が必死に叫ぶがニアは言うことを聞かず、アークグリプスの元へ行こうと駆け出した。


「ニアちゃん、危ない!」


 ハナも叫ぶ。ニアは敵の横を大きく迂回しようとしているが、それでも極めて危険だ。思いのほか竜人の脚力は強く、想像を超えるスピードで柊吾たちの側面を通り過ぎて行った。近かった柊吾が止めるために走り出そうとするが、最悪のタイミングで敵が無数の触手を放つ。それらは柊吾とハナ、そしてニアにそれぞれ狙いを付けて襲い掛かった。


「え?」


 自分に攻撃が迫っていることに気付いたニアは立ち止まる。


「ニアぁぁぁっ!」


 柊吾はバーニアを噴射し、全速力でニアに追いつく。オールレンジファングを放ち間一髪のところでニアの腕を掴むと、自分の元へ抱き寄せ一回転し触手からかばう。


 ――ザクっ!


「柊吾くんっ!」


「ぐっ!」


 先行していた複数の触手が柊吾の背をかすめた。柊吾は怯まずバーニアを対地噴射し、飛び上がる。直後、柊吾たちの元いた場所に無数の触手が殺到する。


「ニア、大丈夫か?」


 ぎゅっと目を瞑っていたニアは、柊吾の腕の中でゆっくり目を開けた。

 揺れる瞳で柊吾を見上げる。


「柊~くん? どうして?」


 そしてニアはすぐに気が付いた。柊吾の口の端から血が垂れていることに。


「まさか、私をかばって……ごめん、なさぃ……」


 ニアは顔を歪ませ申し訳なさそうに目を伏せる。これでは可愛らしい顔が台無しだ。

 柊吾は極力痛みを顔に出さないよう、微笑んだ。


「いいんだよ。君が傷つかなかったんだ。大したことじゃない」


「っ!」


 ニアはなにも言わず目を見開いた。その目の端からは一滴ひとしずくの涙がこぼれる。

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