時の人

 柊吾とシモンが顔を強張らせ、静かに思考を巡らせていると陽気な乱入者が現れた。


「――ああ~柊くんやっぱりいた~」


 そう言って入口の暖簾のれんをくぐり、柊吾の元まで駆け寄って来たのはニアだった。ウェーブがかった色素の薄い青髪に花の髪飾りを着け、肌触りの良さそうな絹で出来た、緑と白のワンピースを着ている。肩部が露出し下の丈が短めなこともあってか、今どきの町娘という雰囲気だ。

 柊吾が驚いて立ち上がると、ニアが正面から抱きついてきた。


「おわっ!?」


 変な声を上げたのはシモンだった。

 柊吾も驚いて、両手でニアの体を離し問いかける。


「教会の手伝いはどうしたのニア?」


「今日はあまりやることないから、帰ってもいいってマーヤ様から言われたの~」


「そうだったのか。でも、メイはどうした?」


「えっとねぇ、買い物してから帰るって言うから、私は散歩して帰るって言って別れたんだ~。そしたら、柊くんの匂いに気が付いて~」


 ニアは嬉しそうに柊吾の腕に頬をすりすり。柊吾のシャツの生地が薄いため、義手のゴツゴツした感触がダイレクトに伝わるはずだが、ニアはそれが良いと言う。

 二人は、背後で負のオーラが大きくなっていることに気付かなかった。


 ――ブッチィィィンッ!


「こらぁっ! イチャつくのなら、よそでやれぇぇぇっ!」


 シモンが鬼の形相で怒鳴り、二人は店から追いだされた。


 二人は慌てて鍛冶屋を出ると、商業区を北東へ向かって歩き出した。

 ニアは不思議そうに首を傾げながら、おっとりした目で柊吾を見上げる。


「シーくん怖いん~?」


「そんなことはないけど、急に機嫌が悪くなったな。疲れてるんだろう」


 鈍感な二人。シモンが不憫で仕方ない。

 二人が手を繋いで歩いていると、周囲の視線を感じた。


「おい、あれが噂の……」


「設計士様よ!」


「おぉ、さすがは設計士様だ。あんな美少女を連れているなんて羨ましい……」


「あれは確か、竜種の女の子じゃないかしら?」


 道行く人々が足を止め、柊吾へ目を向ける。嫌悪するような雰囲気でないのが幸いだ。

 しかしこんなにも注目されているのに、ニアときたら柊吾の腕にべったりくっついている。

 柊吾はなんだか気恥ずかしかった。羨望の眼差しを受け続けた柊吾は、耐え切れなくなり歩くスピードを速める。


「設計士様、凛々しくて素敵……」


「けっ、俺もあの人の脳ミソが欲しいぜ」


 柊吾は気まずさを紛らわせるために、ニアへ声をかける。


「なんかかなり目立ってないか?」


「みんなやっと柊くんの凄さが分かったんだよ~。やっぱり柊くんはカッコいいね~」


 ニアが嬉しそうに目を細める。


「――こらっ、ニアちゃん!」


 すると、彼らの前方に立ち塞がった人影があった。

 呼び止められたニアは、目をパチクリさせて柊吾と共に立ち止まる。

 目の前で肩を震わせて立ちはだかっているのはメイだった。


「メイ? 買い物は終わったの~?」


「終わりましたよ。まったくあなたときたら……家に帰ると言ってたくせに、お兄様を連れ出して……」


 メイがむぅと頬を膨らませる。

 柊吾は、微笑ましさに頬を緩ませるが、周囲の視線が痛いほど刺さるので、メイの元まで歩み寄った。


「まあまあ。メイ、落ち着いて」


 そう言ってメイの頭にポンポンと軽く手を乗せると、彼女の手から食材の入った袋を奪い、足早に家へと歩き出す。早く人の視線から逃れたかったのだ。


「あっ、お兄様、待ってください!」


「柊くん置いてかないで~」 


 二人も慌てて後ろに着いて来る。


(みんな、変な噂立てないでくれよ?)


 柊吾は内心で祈りながら、帰路につく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る