終わりを告げる恐怖の日々

 ――キュオォォォォォォォォォォッ!!


 黒い風のブレスを放つ。

 ニアはゆっくり首を動かし、左から右へ。それはアークグリプスが放っていたレーザーのような竜巻に似ている。

 暴風は海を、カイシンを、魔物たちを巻き込み、黒い霧を晴らしていった。

 カイシンでは、突然の暴風に船員たちが吹き飛ばされないよう、なにかに捕まっていた。その周囲の魔物たちは吹き飛び、触手も大きく散らばっている。

 ユミルクラーケンは完全に隙だらけだ。

 

(やるなら今しかない!)


 柊吾は、急展開に呆けるのを後にして、残る魔力を振り絞りユミルクラーケンへ突撃する。

 絶好のチャンス。

 おそらくこれで最後。

 柊吾は、背後にニアがついてきているのを肌で感じた。


「くらえぇぇぇっ!」


 刀身へありったけの稲妻を込め、ブリッツバスターを大きく振り上げ、ありったけの力で触腕へ振り下ろす。

 それでも、まだ斬れない。

 だが柊吾は即座に前面噴射で飛び退いた。


「行け! ニア!」


 柊吾の背後から飛び出したニアが、強化された右の漆黒の爪を振り下ろす。

 さらに左も連続で繰り出し二連撃。

 強靭な爪は肉を裂き、ようやく触腕の切断に成功した。無防備な灰色の胸部がさらされる。


(――お兄様っ!)


 ニアの後方で、柊吾はデュラの投げたトライデントアイを受けとる。それは

、三又の砲口から眩い光を放つ充電完了状態。

 触手たちが慌てたように柊吾たちの元へ殺到するがもう遅い。

 

「ニア!」


 柊吾が叫ぶと、ニアは素早く爪を横へ薙ぎ、胸部の皮膚をパックリと裂く。そのまま風に乗って、横へスライド移動し柊吾へ道を譲った。

  

「うおぉぉぉぉぉっ!」


 柊吾はトライデントアイをニアの作った傷口の奥へねじ込む。

 高出力のレーザーを零距離で放った。

 クラーケンの体内で発生する熱量と光。

 それは一瞬でクラーケンの胸を貫く。


 ――グヲォォォォォォォォォンッ!!


 けたたましくおぞましい断末魔を上げ、口からは大量の霧を吐き出しながら、ユミルクラーケンは仰向けに倒れて行く。触手たちは力を失いそのまま海中へ倒れ、やがて本体が盛大な水しぶきを上げて海へ沈むと、巨大な津波を発生させた。


「っ!! 全員、船内へ逃げろ!」


 グレンが叫び、船員たちが甲板から船内へなだれ込む。

 しかし、今のボロボロのカイシンでは、この巨大な津波を受けきれない。上空から全体を見渡せる柊吾には分かってしまった。

 柊吾がどうすべきかと必死に頭を巡らせる中、ニアが下降しカイシンの前に滞空した。


「ニ、ニア!?」


 彼女は、妖しげに輝く黄金の右目で押し寄せる津波を見据えると、大きく空気を吸った。

 そして、再び漆黒の風ブレスを放つ。


 ――キュオォォォォォォォォォォッ!!


 真正面から衝撃を受けた津波は形を変え、巨大な渦となって荒れ狂い、流星のような大粒の水弾となってカイシンへ飛来した。一つ一つは触手の鉄球と同等の威力だ。

 カイシンは船体のいたるところを破壊され、激しく揺れる。


 やがて、津波の水弾が止み静寂が訪れる。


「………………やった、のか?」


 柊吾が唖然と呟いた。

 下を見ると、カイシンはさらにボロボロになりながらも、船の形を残していた。

 柊吾はすぐにカイシンの穴だらけの甲板へ降り立つ。すると、その横にニアも降り立つ。

 船内からは船員たちが恐る恐る出てきた。

 グレンは周囲を慎重に見回し、敵がいないのを確認すると、柊吾を見た。

 柊吾が神妙な表情で深く頷くと、グレンは声高らかに叫んだ。


「皆、聞け! 海の汚染源ユミルクラーケンは今、ここに倒れた! 我々の勝利だっ!!」


「「「うおぉぉぉぉぉっ!!」」」


 一瞬の沈黙の後、盛大な歓声が上がる。各々が抱き合い、目には涙を浮かべ、歓喜に笑った。

 ようやく終わったのだ。海に恐怖する日々が。

 

 壮大な海へ戦士たちの勝鬨かちどきが響き渡る中、柊吾が横を見ると、ニアはなにも喋りはしなかったが、柊吾へ顔を向け柔らかく微笑んだ。 

 そのいつもと変わりない雰囲気に、柊吾は心の底から安堵するのだった。

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