たとえ、カムラを敵に回しても

 柊吾へグラディウスが振り下ろされようとした、その刹那――群衆の中に動いた影があった。


「――お待ちくださいっ!!」


 声高らかに叫び、処刑場外から柵を乗り越えてきた男がいる。

 処刑場の奥、討伐隊幹部やヴィンゴールが並んでいる一角の側方から現れたのは、灰色の法衣と包帯のような布を身に着けた細身の男だった。彼は、自分が戦場に乱入したことなど気にも留めず、武器も持たずまっすぐにヴィンゴールの元まで歩いていく。

 その堂々とした様に圧倒された騎士たちは、動きが遅れた。


「何者だ!?」


 ヴィンゴールの側近で元クラスBハンターの『カイロス』が長剣の切っ先を侵入者へ向けた。彼は足を止め、処刑台の柊吾を一瞥してから頭を下げた。既にヴィンゴールの顔がよく見える位置にいる。


「バラム商会の鍛冶屋、『シモン』と申します」


「鍛冶屋だと?」


 後方で幹部たちが顔をしかめ、不思議そうに首を捻る。戦闘力を持たない鍛冶屋が一体なにをしに来たのか計りかねているようだ。


「シモンか、どこかで聞いた名だ……」 


 ヴィンゴールも難しい顔で目線を逸らした。思い出せそうで思い出せないといった様子だ。

 それを見かねたバラムが横から口を出す。


「シモンは数々の有用な道具を量産し、先の銭湯や照明の設置でも積極的に関わった逸材です」


「おお、そうであった。そなたの報告に出てきた名だ。しかしシモンよ、そなたは一体なにをしに参った? よもや、そなたまで柊吾の処刑に異議を唱えようというのではあるまいな?」


 ヴィンゴールの表情が次第に険しくなり、有無を言わせないような圧迫感を声に含ませる。

 それでもシモンは、緊張に顔を強張らせながらも、射殺そうとしているかのようなヴィンゴールの瞳を見つめ返す。


「その通りでございます」


 その返答を受け、ヴィンゴールは落胆したかのように肩の力を抜き、眉尻を下げた。


「無駄なことはよせ。もはやこの戦いに意味はない。そんなことをしてカムラになんの益がある? 我は、そなたのような優秀な人材を失いたくはない」


 シモンは拳を強く握りしめ、強い眼光を放ちながら堂々と反論する。


「――私は、カムラの民としてここに立っているのではありません。柊吾の一人の友としてここに立っているのです。たとえ、カムラを敵に回しても、この立場は譲れません」


「ほぅ……」


「我が友、柊吾に代わり、彼の無実と『有用性』を、今ここで証明してみせます!」


 シモンは己を奮い立たせ、言い放った。

 聞いていた民は思ったことだろう。彼を助けるなら無実を証明するだけでいいのではないかと。答えは否。彼が無実だったところで、カムラ上層部は無理やり理由をつけてでも殺すはず。であれば、彼を失うことがカムラにとって、どれほどの損害になるかを証明すべきだ。

 ヴィンゴールは興味深そうに目を細め厳かに告げる。


「……やってみろ」


 それを聞いてキジダルが口を挟もうとしたが、ヴィンゴールの覇気に気圧され踏み止まった。

 シモンは大きく息を吸った。

 彼は今こそ示さねばならない。技術者とは、ただ黙々と自らの手を動かし、細々とした作業をするだけの職種ではない。あるときは言葉を駆使して技術の有効性を示し、扱う者に道を指し示す、それこそが技術者の果たす責務であると。

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