油断

 柊吾たちは元来た道を引き返し、陰草の草原へ続く道と洞窟への道との岐路まで戻った。

 ニアも柊吾も疲労困憊でへとへとだ。メイにポーションを一本ずつ差し出され、二人は同時に一気飲みする。

 メイは安堵したように息を吐き、力なく笑みを作った。

 

「かなり危なかったですね」


「ああ、死ぬかと思ったよ」


 デュラがうんうんと頷く。

 ニアは、ポーションの次は水の入った瓶に手をかけていた。それで喉を潤し「ふぅ」とゆっくり息を整えると、柊吾を見て首を傾げた。


「さっきのはなんだったの~?」


 なぜイービルアイがアラクネにレーザーを照射したのか聞いているのだろう。

 魔物が魔物を攻撃するなんてことはそうそうない。

 だがメイはなんとなく気付いているようだった。


「お兄様、もしかしてあの力を?」


 柊吾は頷く。


「ああ。この間ニアとデュラにも説明した、魂に干渉する不死王の力だよ」


 そうは言ってもピンときていないニアへ、柊吾は丁寧に説明した。

 柊吾はあの一瞬で全神経を研ぎ澄まし、魔物の魂を探ったのだ。それでイービルアイの魂に干渉し、レーザーをアラクネへ放つように誘導した。そのときの感覚はダンタリオンを前にしたときに近く、怨念の塊たる凶霧の魔物の魂に干渉するのは精神的ダメージが大きいことに気付いた。

 メイは目を輝かせ自分のことのように喜ぶ。


「もうものにするなんて凄いです! さすがはお兄様」


「ほぉ~凄いねぇ。そしたら魔物たちはみんな柊くんの味方~?」


「いや、イービルアイ一体が限界だと思うよ。クラスB以上になると、おそらく負の力が大きすぎて俺には制御できない」


「そっかぁ」


 ニアは「ふぅ~ん」と分かってるのか分からないのか気の抜けた反応だ。

 柊吾も詳細に話したところで仕方ないと思い話を変えた。


「とにかく今は残りの薬草を集めよう」


 そう言って洞窟へ歩き出す。ナーガのいた沼へ続く洞窟だ。

 メイも「そうですね」と頷き柊吾の後ろに続いた。

 洞窟の入口はコカトリスと激戦を繰り広げた場所だ。相変わらず洞窟へ続く道は毒沼に囲まれて細い。

 柊吾は歩きながら腰のアイテムポーチをあさり小さなペンダントを取り出すと、首にかけた。電気で白光するエレキトライト鉱石を加工したもので、ランタンやたいまつに代わる照明装置だ。

 柊吾は無防備にも警戒を解き、澄んだ紫の毒沼の間を通って真っ暗な洞窟へ歩いていく。


「――柊くん、危ない!」


「っ!?」


 気付いたときには遅かった。

 毒沼だと思っていた右の紫の水溜まりは、沼ではなく『アビススライムの集合体』だった。

 それらが柊吾を獲物と判断し、一斉に飛びかかって来たのだ。


(バ、バカな!? 紫のアビススライムなんてっ……)


 アビススライムは灰色のはずだ。ここに来るまでに見たスライムの塊も半透明の灰色だった。紫のスライムなど聞いたこともない。

 そんなことを考えている間に、スライムが粘液の体を放射状に広げ柊吾の視界を覆う。


「やぁぁぁっ!」


 彼の体がスライムに飲まれる刹那、ニアがその間に割って入った。

 竜の爪で白刃の軌跡を描きスライムを切り裂く。


「ニア!」


 もちろん、スライムを完全に切り捨てるなんてできず、粘液の体を細かく切り分けただけだ。

 ニアの体に紫色の粘液が多数付着する。

 

「大丈夫!」


 ニアはあくまで冷静に青い炎のブレスを放ち、スライムを燃やし尽くした。

 そしてすぐに、毒沼のように見えた紫の水溜まりには真黒な焦げ跡だけが残る。

 柊吾は慌ててニアの体を見回すと、体に付着していた紫の粘液も消えていた。


「……ありがとうニア、助かったよ。毒は?」


「うん、大丈夫。柊くんは~?」


 振り返ったニアはケロッとしていた。それどころか柊吾の心配なんてしている。

 普段はのほほんとしていて心配になるが、いざ戦いとなるとこの上なく頼もしい。

 その後、洞窟では無事に三種類の草花を採取に成功。

 四人は寄り道せずにカムラへ戻るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る