協力依頼

 数日後、柊吾は討伐隊幹部の定例会議にあわせ、領主の館を訪れた。

 最近では幹部集会の案内が家に届くようになった。いつの間にこの町の有力者になったのだろうかと柊吾は首を傾げるばかりだ。とはいえ、一度も行ったことはなかったが。

 定例の報告が終わると、柊吾はまず、キュベレェ王の協力依頼完了について報告した。


「ご苦労であった。そなたのおかげで、カムラにとっても力強い味方ができた。感謝する」


 ヴィンゴールは満足そうに口角を上げると礼を言った。いつもより穏やかな声色で、心から感謝しているのだと分かる。

 他の幹部たちも異論はないと言うように、満足げに頷いている。キジダルは表情を変えないが、いつものように険のある眼差しを柊吾へ向けることもない。それだけのことを自分はこなせたのだと、柊吾は今さら自覚する。


「キュベレェさんも俺たちのことを心強い味方だとおっしゃってくださいました。それで最後に、密林の奥にある滝の裏で――」


 柊吾は最後に、手記のことを報告した。予言の加護を受けたエルフが、凶霧の魔物たちに関する情報を記していたと。そんな重要な書物であれば、館の書庫に厳重保管されることになるだろうが、この際仕方ない。一冊目については、シモンの持ち物なのであえて話すことはしなかった。

 柊吾がその手記を見せると、「おぉ~」と幹部たちの間で期待の声が上がる。ヴィンゴールも興味を隠せず、瞠目し弾んだ声で聞き返してきた。


「その話は真か!?」


「はい。そしてこの手記には、海の魔物の正体が書いてありました」


「……なに?」


 途端にヴィンゴールの声が低くなる。まるで親の仇を見るかのような鋭い眼差しで柊吾の手元を睨んでいる。明るい雰囲気から一転。幹部たちも黙って柊吾へ視線を向け、緊張感を漂わせる。

 張り詰めた空気の中、誰の言葉も待たず、柊吾は海の汚染源ユミルクラーケンについて書いてあった全てのことを話した。

 即座にどよめきが広がる。この事実を知って冷静さを保てないのは、仕方のないこと。

 それを承知で、柊吾は提案した。


「この怪物を倒すため、討伐隊のお力をお借りしたいのです」


 柊吾の中には既に、整然としたプランがあった。

 だがその準備には、かなりの人手と資源、資金が必要だ。

 ヴィンゴールは厳格な表情を変えず、ただ目を光らせた。

 疫病を乗り越えたばかりで、ようやく町の復興に再度着手できるようになった今、それに割く余力がないことぐらい、柊吾もよく分かっている。

 それでも今、やらなければならないのだと、どうにか説得しようとした。

 しかし――


「――構わぬ」


 即答だった。

 求めていた回答が想像以上に早く返ってきたものだから、柊吾は思わずヴィンゴールの顔を凝視する。

 真意を確かめようにも、彼はさも当然というように威風堂々と柊吾を見ていた。

 脇では、ゲンリュウが納得したように穏やかな表情で目を瞑り、キジダルは腕を組んでなにやら思案し始める。

 

「なにを呆けている。いつまた海から襲撃を受けるかも分からないのだ。そんな恐怖に悩まされ続けるぐらいなら、戦う方が何倍もましだろう。ゲンリュウ、すぐに討伐隊と協力体制を敷くのだ」


 ゲンリュウが列から一歩前に出て、ヴィンゴールへうやうやしく頭を下げる。


「かしこまりました。して柊吾殿よ、クラーケンなるバケモノとどのように戦う?」


 圧倒されていた柊吾は、気を取り直し考えていたプランを話す。


「まず、俺が王家の墓から帰って来たときに乗っていた船を使います。あれを戦いに耐えられるよう強化し、討伐隊の方々には遠距離武装を用意してもらって一斉攻撃をしかけるのです」


「――その準備なら、俺が引き受けよう!」


 勇んで名乗り出たのは技術長だった。白と黒の混じった短髪を逆立て、上質な革製の服を押し上げる筋肉は、相変わらず迫力がある。その目はギラギラと輝いており、ただならぬ熱意を感じた。

 討伐隊の装備品の調達権限まで持つ彼の協力は心強い。

 ゲンリュウに異論はなく、すぐに了承した。


「……少々お待ちください」


 順調に話が進んでいく中、キジダルが突然口を挟んだ。

 ヴィンゴールが眉をしかめ、列から一歩前へ出たキジダルへ目を向ける。

 柊吾は内心で「とうとう来たか」と身構えた。

 だが柊吾の予想に反し、キジダルが告げたのは思わぬ案だった。

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