かつて竜のいた山

 柊吾は運ばれてきた葡萄酒ぶどうしゅ入りのグラスを手に取り、何気なくヒューレへ問いかけた。


「呪われた渓谷から先へは進めましたか?」


 ヒューレは顔をしかめる。誰が聞いているかも分からないような、開けた場で聞かれたくないことだったのだろう。柊吾もそれはよく理解していたが、酔った勢いで口が軽くなればもうけものだと考えていた。だが、口が軽くなっていたのは部下の方だった。


「おうよ! 次の目的地も決まってるぜ!」


 いつの間にか戻って来たクロロが横から割って入った。


「クロロ!」


 ヒューレの雷がクロロの脳天に落ちる。破壊力抜群のげんこつだ。


「痛っ!」


 クロロは頭を押さえ涙目に。一瞬で酔いが醒めたようだ。

 ヒューレはため息を吐くと、サッと周囲を見回し小声で柊吾の目を見た。


「……仕方ない。お前は重要な協力者だから、話しておこう」


「ありがとうございます」


 柊吾はヒューレに、内心ではクロロに礼を言った。


「想像の通り、呪われた渓谷は既に越えた。次の目的地は北に連なる山脈だ」


 これも柊吾の予想通りであった。自分の地図で見た際も、目指すなら山の方角だと思っていたのだ。一応、他に理由がないかも聞いておく。


「山脈ですか。その理由をお聞きしても?」


「一番の理由は凶霧が薄いことだ。実際に西まで見渡してみると、大陸の中心に向かうほど霧が濃くなっている。おそらくダンタリオンの影響だろう。カムラの発展のため、新たな採掘地を求めるのであれば、凶霧の影響が少ない場所の方が好ましい」


 柊吾は納得した。

 なるほど、採掘地というのであれば、凶霧の薄い山脈の方が良質な草木が生え、まだ見ぬ性質を持った鉱石や結晶が採れるかもしれない。さらに言えば、凶霧が薄いということは、凶霧によって発生した魔物も少ないということだ。


「なるほど。空気の薄さや落石、悪天候などを除けば比較的安全かもしれませんね」


 あたかも専門家のように冷静に分析する柊吾に、ヒューレが「意外と詳しいんだな」と目を見張る。柊吾はドヤ顔で「いえいえ」と言うが、実際は前世でドキュメンタリー番組を見たことがあるだけだ。

 ヒューレは難しい顔で低く唸る。


「……安全かと言われるとそうでもない」


「え?」


「あそこはかつて、『竜の山脈』と呼ばれ、強大な力を持った竜種の一族が根城にしていた」


「竜種、ですか……」


 柊吾は少しばかりの感動を覚えていた。ドラゴンは、前世で憧れていたモンスターであり、一度でいいから生で見てみたいとさえ思っていた。それがまさか存在しているとは、さすがはファンタジー……いや、今はダークファンタジーか。


「ああ。彼らの力はあらゆる魔物を凌駕していたが、高い知性もあった。気性の荒い者だけでなく、心優しい者もいて、中には竜人という人の姿をした竜もいた。かつては人々と共に暮らしていたんだ」


 柊吾は感嘆の声を漏らし、熱心に聞き入っていた。ここではない活気溢れる港町を想像しながら。

 そこでふと気づいた。


「まさか、凶霧が薄いのも竜種が?」


「いや、凶霧の発生と共に竜種は絶滅したと聞いている」


「っ! そう、でしたか……」


 今度はあからさまに落胆する。あまりにコロコロとテンションが変わるものだから、ヒューレが変な奴だというように頬を引きつらせていた。

 ヒューレは遠慮がちに聞いてきた。


「酔っているのか?」


「そっ、そうみたいです」


 柊吾は葡萄酒が空になったグラスを持ち、あははと苦笑する。思いのほか竜種のことで興奮していたのだと気付いた。しかし竜種への興味はどんどん溢れてくるばかりだ。


「酔っているといえば、こいつはまったく……」


 そう言ってヒューレがクロロに目をやる。他の隊員たちが大声で談笑する中、クロロは机に突っ伏していた。酔いつぶれてしまったらしい。


「こんな奴でも、討伐隊の誇りを誰よりも持っている気骨ある若者だ。これからも仲良くしてやってくれ」


「はい」


 柊吾は自然に返事をしてしまったが、特に嫌だとは思わなかった。

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