シモンの誇り

「バラム、シモンの言っていることは確かか?」


「い、いえ……私も存知上げてはおりません……」


 ヴィンゴールがバラムに問うと、バラムは困惑した表情で首を横に振った。

 シモンは代わりに答える。


「本来は、このことについては口外しないという契約を柊吾と結んでおりました。実際、この場でこれを明かすことなど、私自身考えもしていませんでした。お恥ずかしながら、私は今朝、この場に足を運ぼうとしたものの、柊吾を助けることのできない自分を恥じ、柊吾の最期を見るのが怖くて逃げたのです。しかし、自分の鍛冶屋へ戻ったとき、ある親子のなにげない会話が耳に入りました。無邪気な少女がこう言ったのです。『あかりがあるおかげで夜が眠れる。これがなかったら、もう町から逃げ出していたかもしれない。作ってくれた人に感謝しなきゃ……でも誰に感謝すればいいんだろう?』と。私は彼女に伝えたかった。是非とも私の親友をねぎらってやってほしいと。そして悔やみました。なぜ、そんな温かい気持ちが柊吾へ届かないのだろうかと。だから私は決めたのです。本来、柊吾がもらうはずだった感謝の気持ち、今度こそ彼に届けようと」


 人々はシモンの言葉に聞き入っていた。いつの間にか、柊吾へ向ける眼差しも変わりつつある。憎悪や怒りの感情から困惑に変わり、純粋な人は穏やかな表情に感謝の気持ちが表れていた。中には涙を流す者もいる。

 騎士たちも命令とはいえ、自分の行動が本当に正しいのか自信が持てなくなっていた。

 そして柊吾は、ひざまづいたまま固く目をつむり、鼻をヒクヒクさせながらも必死に涙をこらえている。


「お兄様……」

「柊くん……」


 間近で見ていたメイとニアも泣きそうになりながら呟いた。彼女らを押さえ込んでいた騎士たちの束縛は弱まったものの、体は動かない。


「――ちっ、冗談じゃない」


 ハナの横で面白くなさそうに呟いたのはクノウだった。彼は静かに処刑台の方へ向かおうとハナとグレンに背を向けるが――


「――っ!?」


 ハナがすぐさま小太刀を拾い、クノウの背に突きつけた。


「動かないでください」


 ハナが冷たく鋭い声で囁いた。どさくさに紛れて柊吾を殺そうとするクノウの狙いが見え見えだったのだ。それが分かったため、グレンも彼女の行動を止めなかったのだろう。

 クノウはため息を吐くように舌打ちをし、前を向いたまま頷くと剣を手から離した。

 他のクラスBハンターたちも動こうとしていたが、バロキスの前にはアンとリンが立ちふさがり、ガウンはゲンリュウのひと睨みで足を止めた。

 しかし、まだ折れない者がいる。

 ヴィンゴールの後ろでキジダルが気丈に言い放った。


「世迷言をっ! 数々の有用な道具をあの男が作ったなど、どこに証拠がある!? 私にそんな大嘘、通用せんぞ!」


 それを聞いて幹部連中もヴィンゴールもハッとした顔になった。あまりに衝撃的な話だったために、正常な判断力を失っていたのだ。真偽が定かでない以上、ヴィンゴールも慎重になる。


「キジダルの言う通りだ。証拠がなければ信じるわけにはいかんな」


 シモンはすかさず、背に担いでいた小さな風呂敷から一枚の紙を取り出す。くしゃくしゃになっているそれをゆっくり広げると、なにやら線画が描かれており、余白にはびっしりと文字が書き詰められていた。

 キジダルが不審なものを見る目で問う。


「なんだそれは?」


「これは、柊吾の描いたフラッシュボムの設計図です。他にも、今まで彼の持ち込んだ設計図がここにあります。筆跡を見てもらえれば、彼の描いたものだと証明できます」


 会心の一手だった。

 これにはキジダルも言葉を失い、バラムは部下に一枚の紙を持ってこさせ、急いでシモンの元へ向かう。バラムは手元の紙とシモンの持っている設計図をゆっくりと慎重に見比べた。バラムの持っている紙には、柊吾の罪状などが記されてあり、柊吾の自筆サインがある。

 皆が固唾を吞んで見守る中、ようやくバラムは顔を上げた。


「……間違いありません。これは柊吾の字です」


 ヴィンゴールとキジダル、後ろに並ぶ幹部たちが一様に目を見開いた。柊吾の仲間や騎士たち、沈黙していた群衆も同様に驚愕の表情を浮かべ、「おぉぉぉ」と感嘆の声を漏らす。

 しかしキジダルは、この後に及んで食い下がろうとする。


「待てっ! それだけの技術が、たった一人の若者によってもたらされただと? 分かっているのか? そなたは自分が無能ですと言っているようなものだぞ。恥ずかしくはないのか、鍛冶屋としてのそなたの誇りはどこにある!?」


「誇りならありますよ。柊吾という偉大な技術者の、『友』でいられるという誇りがね!」


 シモンは胸を張って堂々と言い返す。そしてこの好機を逃さず一気に畳みかける。


「ここまでカムラが活気づいたのは、柊吾の影響が非常に大きい。彼がいなくなれば、たとえカムラの復興が成功したとしても、その後の発展はなくなり、カムラは再び闇に閉ざされます。ですから今一度、彼の処遇についてお考え直し頂きたい! そもそも、彼が海の魔物を呼び込んだという証拠も、領主様の側近の座を狙っていたという根拠も、どこにもないはずです!」


「なら、おぞましい魔物たちをカムラへ引き入れたことはどう説明する? 奴らをカムラに連れ込んだのは、あの男自身ではないか。一体どんな正当な理由があるというのだ? 所詮は奴らの力を使って手柄を立て、成り上がるという私利私欲のためであろうが!」


「それは――」


 シモンがフルに頭を回転させ、キジダルに反論しようとする。

 しかし、彼よりも先に答えた女がいた。

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