第121話 戦争の足音


 現在我が国、レミアリアは三大阿呆を抱えている。

 それらは時限式爆弾のように、とんでもなく危ない害しかない阿呆だったりする。


 阿呆その一、《ライル・ラーヴィルトン》。

 新人兵士の中で一番強かったらしい男なんだけど、やけに強さに拘っている奴だったりする。

 二年前、俺に喧嘩を売ってきただけじゃなく、王様から貰った名剣二本を盗みやがった。その剣を使って勝負を挑まれたので、俺はお粗末な剣を使ってフルボッコにしてやって牢屋にぶちこまれた。

 しかし誰かからの手引きで脱獄したようで、現在指名手配されているが未だに行方不明だ。


 阿呆その二、《武力派》。

 戦争大好きで、武力こそ至上と考えている頭がハッピーセットなはた迷惑集団。

 芸術に力を入れているレミアリアの現状を大層気に入らないようで、各地でクーデターなり王様や王太子様の命を狙うために日々活動中。

 実際に無関係な人間や子供を平気で殺し、武力による成り上がりが出来る国を作る為なら手段を選ばない。

 前に音楽学校を占拠した際も、鎮圧の為に出動した兵士の陽動を大々的に行い、手薄になった城へ侵入して王族を殺そうと暗躍。

 俺と父さんで無事王族の命を助ける事に成功したんだが、それ以来目立った活動をしていない。

 もしかしたら、あれで人員不足になって補充をしていたのかもしれないし、別の思惑があって成りを潜めていたのかもしれないな。


 阿呆その三、《サリヴァン・ウィル・レミアリア》。

 この国の第二王子なんだが、戦争大好き武力至上主義の頭がハッピーセットの代表格。

 武力こそ最強と信じて止まない彼は、私財を使って優秀な剣士や傭兵を雇っているようだ。具体的に何の為に雇っているのかは不明。

 実際国政には全くと言っていいほど関わっておらず、ただ偉ぶっているだけである。

 しかしこのバカたれが使う剣技は、《アルベイン一刀流》という流派。

 これに関してはお隣の軍事帝国、《ヨールデン》限定で門外不出の流派。それを芸術王国であるレミアリアの第二王子が習得をして流派を名乗っている。つまりはこいつは何らかの形で帝国と繋がりがある訳なんだが、現在証拠が上がっていないのだとか。

 しかもかなり慎重で、王様の《影》を以てしても証拠が集まらなかったのだそうだ。


 こんな感じで、一歩間違えたら戦争や内戦に発展しそうな阿呆共を三つも抱えているんだ。

 いつか絶対に爆発するだろうなぁと考えていたら、俺の誕生日前日に王様から緊急の呼び出しがあった。

 スケジュールを管理してくれている俺の秘書であるカロルさんも、珍しく顔をしかめた。

 そりゃそうだ、王族の緊急の呼び出しって、十中八九悪い知らせだしな。


「ハルさん、これは行かないといけませんよ?」


「……果てしなく行きたくねぇ」


「ほらほら、私も陛下に納品する物もありますし、一緒に行きますよ」


「流石カロルさん、便りになるぜ!」


「もうすぐで貴方の秘書をやらせて頂いて二年になりますからね。貴方のふざけたコネクションの広さにようやく慣れてきました」


「嘘つけ! めっちゃ喜んで自分から積極的に商品売りに行っていた癖に」


「♪~」


 吹けない口笛を吹いた振りをしている。

 この人ともようやく冗談を言い合える仲になったから、結構上手くやれているんだよな、俺達。

 ちなみに流石に我が家に寝泊まりはしていない。毎朝早く家に来てくれて、それでスケジュールを教えてくれてたりする。

 今じゃ本当に欠かせないビジネスパートナーだ。

 俺達はとりあえず家を出て、城に向かった。

 その最中、カロルさんとこんな雑談をしていた。


「なぁ、カロルさん。うちの国には三大バカがいるよな?」


「……この前までは阿呆だったのが、今ではバカですか」


「だってバカじゃん。戦争なんて商人以外誰も得をしねぇのにさ、武力こそ至上とか言ってるのんだぜ? 頭の中を覗いてみたら、意外と小さなおっさんがランランルーしているかもしれねぇな」


「そのらんらんるぅっていうのが何なのかはわかりませんが、商人としてはありがたい話ではありますね。回復薬とか武器、下着やテントがたくさん売れますからね」


「なるほどね。多分だが、その三大バカの誰かが爆発して、何かしらの戦いが起こったんじゃないかなって予想してるんだ」


「! まさか、そんな……」


「ああ、国の代表同士がいっせーのでやる戦争だったら商人にも旨味があるかもしれねぇけど、三大バカが引き起こしたものになったら、商人ですら得をしねぇと思うんだよな」


 その理由としては、『国の代表同士が宣言した戦争』と『三大バカが引き起こした戦争若しくは内戦』の性質の違いがある。

 国の代表同士が宣言した戦争というのは、お互いに準備が出来たら同時のタイミングによって開戦する。

 つまり、お互い準備が出来た状態で戦うから、商人は潤うし国民も避難する時間を得る事が出来る。

 しかし、この三大バカが引き起こす戦争とか内戦になると、いつ起こるかがわからない。よーいどんの合図が全くないんだ。

 もちろんいつでも起きていいように準備をする事が可能だが、待たされる側は精神がゴリゴリ削られていって、そこを突いてくる可能性もあったりする。そうなると戦いとしては圧倒的に不利になる訳だ。さらに国民にも不安が募ってしまい、家に引き込もって経済が低迷する。

 もし戦争を仕掛けられたら、間違いなく王都を狙われる。もし負けてしまったら占領どころか虐殺やら強姦が巻き起こる可能性がある。しかも攻めてくるタイミングがわかるのは本当にギリギリだ。何とか防衛戦の準備を行う位しか時間の猶予が貰えない。まぁ一日とかで戦争の準備をしろってのが無茶な話だしな。商人だって、国から食料等を依頼されてもすぐに用意できる訳じゃない。そして用意出来なかったら出来なかったらで国がお得意様でなくなる訳だし、結構商人にとっても喜べない状況だったりする。


「…………もし本当に内戦か戦争だったら、私の商会の備蓄では兵士の皆さんの食料等を用意出来ませんね。最低は三日欲しいのですが」


「緊急度合いによるんじゃね? 三日間猶予くれるかどうかも怪しいな」


「ですね……。商人にとって戦争は稼ぎ時なんですが、もしハルさんの予想通りだったとしたら、ご遠慮願いたいですね」


「俺だって遠慮したいわ」


 俺なんて誕生日間近だし、しかも一ヶ月後には俺達のバンドのお披露目ライブを行う予定なんだ。

 全く、本当にはた迷惑だぜ……。

 俺とカロルさんは深いため息を吐いて、足取り重く城へ向かった。











 謁見の間の門まで来た俺達は、予想外の人物と会った。


「あれ、オーグ!?」


「ハルか? お前も呼ばれたのか」


「あ、あぁ。オーグが来てるとはびっくりだ」


「……私は何となく予想はついていたがな。恐らく、徴兵だ」


「っ!!」


 ……徴兵。

 そうだ、オーグは史上最年少で貴族になったんだ。

 そして成人済み。

 貴族は有事の際、自身の兵を引いて徴兵される義務がある。

 つまりは、オーグは戦争に参加する為に呼ばれたんだろう。

 でもそんなの、直接言う必要がないはずだ。徴兵命令とか手紙で出すのが確か普通じゃなかったっけ?

 だけど俺も呼ばれたとなると、これは前々から言っていたライブの件も関わってくるかもな。


「……私は、このまま何事もなくお前達と楽しくライブとやらをやりたかったのだが」


「俺も同じだ」


「……私は、死ぬかもしれないな」


「…………」


 俺は何も言えなかった。

 戦争や内戦では、必ず生き残れるって励ましは気休めにしかならない。

 オーグは相当運動音痴だ。それは自他共に認めている事実。それを知っていながらの慰めの言葉なんて、逆にこいつの不安を倍増させるかもって思って何も言えなかったんだ。


 ……何とか、してやりたいな。


 無言のまま、俺達は謁見の間の扉が開かれるのを待っていた。

 重苦しい空気だぜ。


「お待たせ致しました、それでは陛下の前で粗相がないようにお願い致します」


 今日は俺が知らない兵士さんが扉の両脇にいた。

 そして彼らが重そうな扉をゆっくりと開ける。

 相変わらずきらびやかな謁見の間の奥には、王様が玉座に腰を掛けていた。

 しかもいつもののほほんとしたおっさんではなく、王者のプレッシャーを身に纏った国王陛下モードの状態だ。

 流石の俺も空気を読んで、陛下に対する敬意に満ちた対応をする。


「二人共、そしてカロルよ。急な召集によく応えてくれた。大義である」


「「「はっ!!」」」


 俺達三人は片膝を付いて、最敬礼を行った。


「もしかしたら予想出来ているかもしれぬが、前々から城内の中庭を使用する事で申請を受けていた、一ヶ月後に控えたライブとやらの件だ」


「……延期、でしょうか?」


 俺が顔を上げて聞いてみると、王様は無言で頷いた。

 ちっ、こりゃ戦争はマジみたいだな。


「うむ。理由なのだが、隣の軍事帝国である《ヨールデン》が攻め込んできた」


「あそこが? となれば、これは国家間の戦争ですよね? となったら準備期間にも余裕がありますね」


 カロルさんが言うが、王様の顔は苦虫を噛んだような表情をしている。

 ……まだ何かありそうだな。


「いや、それがそうでもない」


「……と、いいますと?」


「………………サリヴァンが《武力派》と逃亡中の《ライル・ラーヴィルトン》、そして約三千の我が兵を引き抜いて、《ヨールデン》へ亡命しそのまま国家間の戦争の宣言なしで我が王都に向かって進行してきた。さらに最悪なのが帝国も力を貸していて、サリヴァンに兵士を一万も与えてきた」


「なっ!?」


「さらに最悪なのが、すでに向こうは設営済みで明日にでも攻め込んでくる動きがある」


 何だそりゃ!?

 あまりにも動きが早すぎる!

 ってか、確か帝国とうちの国の国境には《ガウェイン砦》という堅牢な砦があったはずなんだが、それをどうやって…………。

 確か、サリヴァンはうちの国の兵士を引き抜いたって言ってたっけ。

 つまり、《ガウェイン砦》の兵士も実は引き抜いていて、実質その砦は帝国の物になっているのか?

 いやいや、流石に戦争大好きサリヴァンでも、そこまで知恵や人望があるとは思えねぇわ!


「……サリヴァンが《ガウェイン砦》の兵士全てを配下に置いて帝国へ亡命したようでな。今砦の国旗は帝国国旗が飾られている」


 知恵と人望があった!! マジでか……。

 しかし、三大阿呆の全員が同時に動いたとはねぇ……。

 これ、露骨に「俺達手を組んでいます!」って言っているようなもんだな。

 しかも明日には攻め込んでくるとは、随分前から帝国とあれやこれや準備をしていたんだろうなぁ。

 そういえば、謁見の間に向かって城内を歩いていたとき、兵士さん達がめっちゃくちゃ慌ただしく動いていたっけ。

 防衛戦の準備を大忙しで行っていたんだろうな。


「さて、今回三人に来て貰ったのは頼みがあって召集した。まず、オーギュスト・ディリバーレント」


「はっ!」


「貴殿は今回戦争に参加しないでいい」


「……は?」


「貴殿が開発したピアノは今や世界から発注が続いている素晴らしい楽器だ。これは我が国にとっても多大な利益が出ているし、現状ピアノを作れるのは貴殿しかいないのだ。模造品も確認されていない現在、貴殿に戦死されては困るのだ。故に、明日までに可能な限り人材や製作に必要な材料を王都から退避させて欲しい。頼めるか?」


「……はっ、この命に代えても、陛下の御命令を全う致します!」


「ふっ、命を代えられては困るのだがな」


 現在、ピアノはオーグが立ち上げた工場でのみ生産がされている。

 つまり現状はオーグが独占しているような状態だ。

 なるほど、製作指揮を行っているオーグが死ぬのも大問題だし、万が一王都が攻められた際に人材や材料が破壊されるのも大問題。

 通貨は世界共通なので外貨は存在していないけど、ピアノが世界中から発注を貰っている時点で輸出業で国内の経済が潤っているらしい。

 これは、事実上オーグに避難しろっていう命令だな。

 多分オーグもその意図を理解したのか、顔を伏せて泣いていた。

 ……相当怖かったんだな、オーグ。


「そしてカロル・ゲイリー」


「はっ!」


「貴殿には少し無茶な命令をしよう。可能な限りでいいから食料と兵士の下着を購入したい。早急に見積書を作成して品物を用意してくれ。予算は無視して構わぬ、ありったけ準備して欲しい」


「畏まりました。我が商会の在庫を確認し次第、早急に見積書を提出させていただきます。素早い対応をお願いしたいので、入城する際の手続きの免除をお願い致します」


「うむ、今回は許す。兵士にはこちらから通達しておく」


「よろしくお願い致します」


 以前から王様とも個人的に取引をしているカロルさんは、王様から信頼を得ていた。

 そしてすぐに最適解を提示する頭の回転の早さを持ち合わせているカロルさんは、今回も頼られたんだろうな。

 いやぁ、いい人材が俺の秘書になってくれて本当ありがたい!


「そして最後に、ハル・ウィード」


「はっ!」


「貴殿は明日、成人を迎える。貴殿の武力は我が兵士達より卓越している為、隊長職として戦争に参加してもらいたい」


「……はいぃ!?」


 まさかまさかの、俺が徴兵されるという!!

 嘘だろ!?

 ちょっと目の前が真っ白になった。

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